「昔からナーシャはお前を困らせてばかりだな。頭領になる事を生まれた時から決められていたお前の言う事も聞かずにいつも歯向かってばかり。」 ジムは楽しそうに語り始めた。 思えばそうだ。ナーシャは小さい頃からシュンケとケンカばかりしていた。同い年で言いやすかったというのもあるだろう。幼い頃は男女の体格差なんて分かるはずもなく本気でケンカするのはよくあることだが、シュンケは頭領である父親に女の子には手をあげるなと厳しく言い聞かせられてきたので幼きながらもそれを遵守してきた。 一方ナーシャはそれをいいことにやりたい放題だったが。いつも生傷が絶えないのはシュンケの方だった。幼い頃の思い出に更けるシュンケ。泥だらけになって遊ぶナーシャの姿を思い出すと心が和らいだ。しかしそれと同時に胸がズキズキと痛む。 「ナーシャをちゃんとつかまえていろよ。」 ジムがあまりに唐突な事を言い出すのでシュンケは呆然とした。ジムは暫く気まずそうな表情をしていたが覚悟を決めたのか 「うちの嫁さんが言うんだ、最近ナーシャはそわそわしていてまるで恋でもしているかのようだってな。」 シュンケの心臓が不安げに高鳴り続ける。 「恋をしている相手がお前なら何の問題もないのだが・・・その・・・。」 ジムは言いにくそうだ。シュンケは自分のことを気遣ってくれるジムに対して申し訳ない気持ちになった。ジムは心配性でいつもシュンケの心配ばかりしている。それは子供の頃からそうでシュンケが頭領になった今でも変わらない。親友というもののやっかいさと温かさを感じながらシュンケは気丈にも笑って見せた。 「何を誤解しているか知らぬが私はナーシャの事など何とも思っていないぞ。女は女らしくだ。ナーシャみたいなお転婆な女はこちらから願い下げだ。危なっかしくて見てられないからな。」 シュンケはナーシャヘの思いを否定みせるがやせ我慢しているのは見え見えで。ジムはハイハイと返事をして 「お前がそれでいいというならいいけどな。なぁ、ジュノン。」 優しくジュノンの頭を撫でた。ジュノンは遊び疲れたのかシュンケの胸元でいつの間にか眠っていた。ジムは何でもお見通しだった。 しかしそのジムでさえ見通せない事がある。それはシュンケの密かなる決意。シュンケは空族の頭領だ、頭領としてなすすべき事がある。一個人の事情など取るに足りないことなのだ。
シュンケは空を飛んでいた。村を抜け出し険しい山々をくぐり抜け、風を切りジャノの元へ。鬱蒼とした森を下に見て荒れ狂う河を越え岸に下り立つ。そこにはジャノの荷車があった。雨風に晒されだいぶボロボロになっているが、そこがジャノの寝泊りの場所になっている事は容易に分かる。荷車の傍に焚火の跡がある。おそらく獣除けの焚火であろう。その近くで一頭の馬がのんびりと草を食んでいる。トントン・・・荷車の向こうから木槌の音がした。シュンケはその音がする方に向かう。ジャノが一心不乱で翼の調整をしていた。その真剣な眼差しはシュンケと初めて対峙した時から全く揺るがない。 「そんなもので我らを自由になど出来るものか!」 シュンケは心の中で苦々しく呟いた。そしてゆっくりと腰に下げている剣に手をやる。
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