だが、それこそナーシャがなにが言いたいのかカリンには分からない。空を飛ぶ事と体を青く染める事に何の因果関係があるというのだろう。第一、ナーシャには自分と違って立派な翼がある。掟に縛られ遠くにこそ行けないが、この付近なら飛べるのだ。 「ナーシャは今でも空を飛んでいるじゃないか。」 カリンが不思議に思ってそう聞くとナーシャは真剣な表情で 「思いっ切り高く飛ぶ事も、地平線を目指す事も許されないのよ?それは飛べないのと同じだわ。私はもっと高く、もっと遠くへ、自由に飛びたいの。」 酷く真剣に訴えた。 ナーシャの気持ちは分かる。それは空族、皆の共通の願いだろう。しかし、それと体を青く染めるという事がどこでどう繋がるというのだろう。カリンがいまいち腑に落ちないでいると、ナーシャは興奮気味に説明しだした。 「私の全身を空と同じ色で染めて欲しいの。空と同化するのよ。翼が白いから目立つのよ。だけど、青い翼になれば青空と同化して目立たなくなるわ。そうすれば例え人間が空を見上げても気づかれにくくなるのよ。」 カリンは呆気にとられた。なんという突拍子もないことをナーシャは言い出すのだろう。しかも、その理論が無茶苦茶だ。いや、それよりも人間に見つかる可能性を考えているという事はつまりそこまで遠くまで行くつもりなのだろう。カリンは急に慌てふためいた。 「もしかして掟を破るつもりなの?」 「そうよ。」 ナーシャは当然とでも言いたげに間髪入れずに答えた。カリンは酷く驚いた。遠くまで行くって、せいぜいこの山を下り、麓の森を越え、河を渡り向こうの岸に渡るぐらいだと思っていたのにもっと遠くまで行くつもりなんて。しかも人間の視界に入るくらいの場所まで。きっと人里近くまで行くことも考えているのだろう。そんなの駄目に決まっている。しかし、ナーシャは、驚き唖然としているカリンをどうにか説得しようと必死で協力を求める。 「カリンの自慢の青色で私の体や翼を塗り替えて欲しいの。カリンの青色はとても素晴らしいもの。青空そのものだわ。仮に飛んでいる所を見られても絶対ごまかせる!」 力説するナーシャに対してカリンは馬鹿馬鹿しいと思った。そんな事が成功するわけがない。カリンはナーシャを諦めさせようと逆に説得を開始する。 「そんなに遠くまで行きたいならシュンケに頼めばいいじゃないか。シュンケなら連れて行ってくれるよ。もっと堅実な方法で。」 シュンケとは空族の頭領で、空族一頼りになる男だ。しかし、ナーシャはとたんに反論する。 「あのシュンケが遠くに行くことを許すと思う!?いつも一族の安全だけしか考えない人が。」 いやぁ、それはそうだろとカリンは思った。それが頭領というものだ。それにもましてよりによってナーシャが危ない橋を渡ろうとしているのだ。許すはずがない。
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