シュンケは先ほどの赤子の顔を思い浮かべた。母親の腕に抱かれ幸せそう眠るロン。しかしその両目はこの先一生、開かないのだ。静寂を切り取るかのように切々とおばば様は語る。 「我々はあまりにも小さな世界で暮らしてきた。人間からの迫害を恐れるあまりに限られた空間に閉じこもり限られた相手と恋愛をし交配をし、どんどん血を濃くしていった。その結果がこれじゃ。」 「・・・。」 シュンケは黙ったままだ。 「我らを滅ぼすのは人間ではなく我ら自身かもしれないのぉ。」 おばば様は遠い目をしてしみじみとこぼす。 「しかし・・・我らがそのような近親交配を繰り返すのも元はと言えば人間のせいではありませんか。空族と人間が交わることなど絶対に不可能です。人間に見つかれば即殺されるのですよ。」」 シュンケの人間への不信感は根深い。 「ナーシャをあの男の元へ行かせる理由にはなりません。」 おばば様はシュンケをじっと見つめる。海のように深い眼差しだ。 「ナーシャが人間を好きになってしまったのも運命かもしれん。我らの血がそれを求めたのだ。」 「よそ者の血を入れたいが為にナーシャを利用するのですか!?」 一瞬にしてシュンケは憤った。 「利用とは人聞きの悪い事を言うではない。ナーシャはその若者を愛している。おそらくその若者もナーシャを愛しているのであろう。そこに我らが立ち入る余地などないわ。驕るではないぞ、シュンケ。人が人を愛する事に思惑などないのだ。」 「・・・!」シュンケは何も言い返せない。そんなシュンケを労わるようにおばば様は 「そなたに酷な話をしているのは分かっておる。そなたは小さい頃からずっとナーシャを見守り続けていたからのぉ。しかしこればかりはどうする事も出来ないんじゃよ。ナーシャの人生はナーシャの為にある。空族であると同時に一人の女なんじゃよ。」 そういうとおばば様はぶるぶるとその背中の翼を震わせた。 「わしもこの翼も随分年老いた。そろそろ使い物にならなくなるねぇ。」 誰に聞かせる事なく寂し気に呟いた。
ナーシャはジャノの元へと舞い下りた。その手には今晩の食事が入ったバスケット。 「ナーシャ、いつもごめんね。ここで一人で暮らしてみせると威勢のいいことを言った割に君をこんなに煩わせて。」 ジャノは申し訳なさそうに謝った。 「ううん、私がこうしたいからこうしているの。」 そう言ってナーシャは頬を赤らめる。ジャノはたまらなくなって思わずナーシャを抱き寄せた。こんなにも愛しい。ナーシャはそれに驚くこともなくジャノの胸に身を預けた。重なり合う二つの影。薄れゆく空の中、明かりを恋しがる鳥たちの鳴き声が澄んだ夕空に沁みこんでいく。
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