「行こう。」 でも決して人間に見つかってはいけない。もし見つかったら自分の命は愚か、他の者の命も危険に晒しかねない。いったん狩りが始まれば人間の欲望は止まらないのだ。そのことはナーシャ自身嫌というほど目にしてきた。何か良い方法はないかと思案した。そして思いついた。 カリンの手を借りよう。 カリンは十七歳の心優しい仲間だ。一見、女性と見間違いそうになるぐらい可愛い顔をしているが芯が強く見かけによらず負けず嫌い。絵を描くことをこよなく愛し、来る日も来る日も絵を描いている。だが、カリンの背中の翼は他の者のそれとは違っていた。体と比べてひどく翼が小さく、右側の翼は湾曲している。これは生まれつきのものだ。空族の血を受け継いだからといって皆が皆、当たり前のように立派な翼を持ち、当然のように空を飛べるというわけではない。そしてカリンは飛べないからこそよりいっそう空への強い憧れを抱いていた。 だからいっそ心で飛ぼうと思った。 あの大空とそっくりの色で空の絵を描き、その中に自分の心を飛ばすのだ。飛べない翼の代わりに心で飛ぶのだ。空想でもいい。だからキャンパスに空を描き続ける。カリンに描けない空などなかった、ただ一つの空を除いては。 ナーシャはカリンの家へ勢いよく飛び込んだ。カリンの家は絵の具の匂いで溢れている。パレットの上には様々な色の絵の具がのせられていて、それらを少しずつ混ぜ自分の思い通りの色を作る。それが絵描きの醍醐味だ。 カリンはナーシャの顔を見ると明るい笑顔で挨拶をした。 「やぁ、ナーシャ、おはよう。」 カリンの柔らかな笑顔が朝日の中で柔らかく佇む。しかし、ナーシャは心に何かを含んだ面持ちでただカリンを見るだけ。いつもと違うナーシャの様子に気づいたカリンが尋ねた。 「どうしたの?」 ナーシャはカリンのその言葉を待っていたかのようにいきなり切り出す。 「私を青く染めて欲しいの。」 「えっ?」 一瞬、カリンは何を言われたか分からなくてきょとんとした。ナーシャはそんなカリンを気にもせずに願い出る。 「私の全身をカリンが持っている絵の具で染めて欲しいの!」 思いもよらぬナーシャの頼みごとにカリンはちょっと引き気味になった。 「そ・・・そんな趣味がナーシャにあったなんて知らなかったよ。面白い嗜好だね。」 笑ってはいるが内心ちょっと引いているのがナーシャにも伝わり、ナーシャは慌てて否定をした。 「そんなんじゃないわ。私は空を飛びたいだけよ。」
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