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作品名:空族と発明家ジャノの翼 作者:空と青とリボン

第19回   19
ボノは怒涛の捨て台詞を吐き、怒りまくりながら去って行った。荷車の中でずっとやりとりを聞いていたナーシャは今すぐにでも飛び出してボノの頬を一発殴ってやりたい衝動に駆られていた。懸命にその衝動を抑えたけれど。
やがて荷車は走り出した。ジャノは黙ったままだ。ナーシャはなんと声を掛けていいか分からない。暫く無言のまま荷馬車は進む。どれくらい時間が経った頃だろうか
「このまま真っ直ぐ行けばいいのかい?」
いつもの優しい声に戻ったジャノが聞いてきた。ナーシャはほっとしてシートをちょっとだけめくる。はるか遠くにあの山が見えてきた。そのとたんに胸がぎゅうっと締め付けられる。
「うん、このまま・・・。」
蚊のようなか細い声でナーシャは答えた。
少しずつ別れの時が近づいてくる。早く荷車を止めなければ、ここでいいよと言わなければ。分かっているのにその一言が言えない。
それはジャノも同じだった。いつ、ナーシャがここでいいよと言い出さないか冷や冷やしている。このままずっとナーシャと一緒にいられたらどんなにいいだろう。それでも荷車を走らせなければならない。
 人影なんてとうに見かけなくなっていた。周りの風景がどんどん不気味な様相を呈していく。だいぶ陽は傾き辺りは夕日の色で血のように赤く染まっている。道なんてもうない。林の中を無理矢理荷馬車を走らせる。枝が折れる音が辺りに散らばる。繊細な馬は先に行くのを嫌がるがその度にジャノがどうにかなだめすかし、時に叱咤し前に進める。
突然ナーシャがシートをめくり起き上った。ジャノはぎょっとして体が固まる。
ここまでか・・・。心が千切れそうだ。痛い・・・!!
「ここでいいわ。」
ナーシャの寂しそうな声。ジャノは胸の苦しみに耐えながら必死で笑顔を作った。
その時、雄大に広がる風景がふと目に入った。険しい山々が連なりその麓には生い茂る深い森。森の手前には壮大な河が横たわる。その河の流れは尋常ではなく渦を巻き荒れ狂う。河岸に近寄っただけで川底に引きずり込まれそうな錯覚に陥った。
ジャノはこんなに凄い存在感を放つ大自然を今まで見たことがない。目の前に広がる山河に圧倒されていた。
ナーシャが注意深く辺りを見渡しながら荷車から降りた。ジャノも降りる。見つめ合う二人。別れたくない。一緒にいたい。そんな想いが胸を締め付けて泣き出したくなる。今ここで泣いたら自分のこの気持ちを分かってくれるだろうか。
でも、泣けない。泣いたらきっと相手を困らせてしまう。

そう、二人は恋に落ちていた。
出会った瞬間に恋に落ち、一緒に時を過ごすうちにその想いを深めた。二人は見つめあったまま瞳をそらせずにいる。
その時だ。上空からバサバサと翼がはためく豪快な音が響いてきた。ジャノは何事かと空を見上げたのもつかの間、一人のごつい男が突如、ジャノとナーシャの前に降り立った。背は2mはあるだろうと思えるくらい高く、鋼のように鍛えられた筋肉質な体格。鋭い眼光は見る者全てを射抜く。笛らしきものを首から下げている。周りの者全てを委縮させてしまう威圧感、その圧倒的なオーラ。そして何よりその背中には山のようにそびえたつ豪華で偉大な白い翼。空族の頭領シュンケだ。
「皆、探していたんだぞ、ナーシャ。」
地を這うような低い声が放たれた。ジャノの体はその声を聞いただけで恐怖で縮み上がってしまった。不安に心と体を支配され身動き一つも取れないがそれとは裏腹に視線はシュンケの翼に釘付けだ。


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