「空族の居場所が僕に知られてしまうから?」 ジャノは恐る恐る聞き返す。ナーシャはその問いに答えることに一瞬躊躇したがじきに頷いた。 ジャノはとても落胆した。僕は信用されていないんだな・・・。そう思うとたまらなく悲しくなってくる。胸の奥がギシギシと締め付けられ酷く痛んだ。ナーシャに信じて欲しい、胸に湧き上がる切実な願い。 しかし、ナーシャにしたってジャノに送ってもらうことを躊躇したのは空族の居場所を知られてしまうという危機感だけではなかった。むしろただジャノと別れたくないという想い。だがその想いはジャノには伝わらない。 「じゃあこうしよう。絶対人が来ない道を選んで送っていくよ。ナーシャがここまででいいと思う場所へ着いたら知らせて欲しい。僕は目をつぶって、君が飛んでいく方向は絶対見ないし絶対に誰にも話さない。」 ジャノは真摯な態度で説得するがそれでもナーシャは迷っている。 「とにかくナーシャのことが心配なんだ。ここで、はい、さようならでは心配で心配で夜も眠れないよ。」 ジャノは必死で説得した。ジャノがここまで心配してくれることがたまらなく嬉しいナーシャの心は次第に甘く傾いていく。 「でもどうやってそこまで行くの?」 「それなら心配ないよ。僕の荷車に隠れていればいい。上からシートを被せれば誰にも分からないよ。」 ジャノの本心は少しでも長く一緒にいたい、だった。もちろん心配もある。だがそれよりもただナーシャと別れ難くて。しかし、ジャノはその本心を隠した。本心を話したらきっとナーシャを困らせると思ったから。 ナーシャは暫く考え込んでいたが、やがて了解した。大喜びするジャノ。ナーシャに信じて貰えたことがこの上なく嬉しい。 ジャノは出発の準備をしてくると言い残して部屋を出て行った。部屋に残されたのはナーシャとサイドテーブルの上にある食事。さっきまであんなにお腹がすいていたのに今はその食欲はどこへ行ったのか。送ってくれるという申し出はありがたいけどそれは別れを意味している。別れたらもうきっと二度と会えない。そのことがたまらなく辛くなってきた。ナーシャの瞳から涙がこぼれる。こぼれる涙をなかったことにしたくてスープを必死で頬張った。そのスープがこれまたとても美味しくて。落ちた涙がスープに溶け込んでも変わらない優しさが、温かさがよりいっそうナーシャを悲しくさせる。
一方その時、空族の村はナーシャが居ないことで大騒ぎになっていた。 「どこへ行ったんだ!?」 「どこかで怪我して動けないのかもしれない!」 不安を口にしては右往左往する空族たち。まさか人里に行ったとは露にも思わず。あたふたと動揺する空族の中で一人だけ落ち着いた表情で皆の輪の中に立つものがいる。 その男の名前はシュンケ。空族の若き頭領だ。シュンケは頼りがいがありそうな凛とした低い声で 「どこかで怪我して動けないでいるのかもしれない。皆で手分けしてナーシャを探してくれ。ジムとイチオリは南の谷。トマックとラサールはポクールの木の辺り。サバとルシアは北の洞窟。その他の者はそれぞれ思い当たる場所を探してくれ。」 てきぱきと指示をする。皆は分かったと了解してそれぞれに散っていった。しかしその中でカリンは一人青ざめた顔で立ちすくんでいる。顔に全く血の気がない。隣にいるルシアがカリンの異変に気づいた。
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