ナーシャは余計に眠れなくなって困り果てた。もちろんジャノとはいえ人間が近くにいるという警戒心は全く消えたわけではない。だが、警戒心だけではない。近くにいるのがよりによってジャノだから。ジャノへの淡い恋心がナーシャを困らせる。どうしよう、眠れない・・・。 しかし、余程疲れていたのだろう。ナーシャ自身も気づかないうちに眠りの淵へと誘われていった。幸せな夢の始まりに立つ。
チュンチュン・・・。雀のさえずりが窓を通り抜けてくる。朝の日差しがカーテンの隙間から洩れてきて優しく布団を包み込む。朝露に反射し輝く光がナーシャを夢の中から連れ戻しにきた。 「寝ちゃったんだ。」 目を覚ましたナーシャはぼんやりと天井を見つめた。近くに人間がいるのに眠れた自分自身に驚く。すると、どこからかいい匂いがしてくるのに気付いた。鼻をくすぐる美味しそうな匂い。ナーシャのお腹がぐるぐると鳴りだした。その時。 トントン。扉を叩く音がする。 「起きたかな?入っても大丈夫かい?」 ジャノの声がする。 「大丈夫よ。もう起きたから。」 ナーシャの許可をもらうとジャノは部屋に入ってきた。手には朝食。トレイの上に焼きたてのパンとスープ。新鮮な果物。先程の美味しそうな匂いはこのスープだった。 「ナーシャ、おはよう。朝ごはんは食べられるかな?」 「おはよう。ええ、食べられるわ。」 「良かった。朝ごはんを食べない人も多いからかえって迷惑になるかもと不安だったんだけど。」 そう言いながら朝食をサイドテーブルに置いた。ナーシャはスープに目を奪われながら 「私は朝食を取らないとその日一日元気が出ないわ。」 にこやかに答えた。そのとたんにナーシャのお腹がぐるぐるるるとまた鳴りだす。恥ずかしくなって慌ててお腹を押さえるナーシャを見てジャノは楽しそうに笑いながら 「グッド・タイミングで良かったよ。」 ナーシャは恥ずかしいけどジャノの気遣いが嬉しくて仕方がない。 ジャノはスープを頬張るナーシャを優しい眼差しで見守りながら、しかし突然こう切り出した。 「食事が終わったら君の故郷まで送っていくよ。」 ナーシャの手が思わず止まる。胸がズキズキと痛みだす。戸惑いも隠せない。それはジャノにも伝わった。 「どうしたの?」 ジャノが不安げに尋ねた。 「送ってくれなくていいの。」 ナーシャは声を絞り出して何とか答えた。 「でもその姿ではすぐに他の人間に見つかってしまうよ。」 「とにかくいいの!」 ナーシャは泣き出したい気持ちを必死で押し隠しながら断る。ナーシャの戸惑いがどこからくるのかジャノは懸命に考えて、そして一つの結論に至った。
|
|