そして、翌日、友樹のもとへ帰った彼女はしばらく考えていた。 「叔母さんの調子が良くないの?」帰って来てからさらに暗くなった亜由美に友樹が尋ねると、はっとした彼女は 「寝たままだし…… 気の毒でね」微笑んだが、目を向けない彼女に彼の不安は更に募った。
その週の金曜日、友樹の不安をあおるかのように松谷裕也が職場に電話を入れてきた。 翌日の土曜日に二人で話したいという彼に、友樹は隣町の駅前のカフェを指定した。 理由を聞いても話さない彼に、友樹は亜由美さんのことだろうか、横浜で会ったのか…… 次々と襲ってくる不吉な予感に押しつぶされそうになっていた。 翌日、十三時にカフェで顔を合わせると 「有賀、亜由美を解放してやってくれ……」開口一番、松谷が頭を下げた。 「か、開放って…… 」 「あいつはお前を傷つけたくないから苦しんでいるんだよ」 「えっ、話したの?」友樹は驚いた。 「ああ、電話がかかって来て、東京で会った」 「東京でっ!」彼は目の前が真っ暗になってしまった。
しばらく唖然としている友樹を見つめていた松谷が 「頼むよ、あいつはこんな田舎で生きていける女じゃないんだ。母親の介護に追われていた時は、そんなことを考える余裕もなかったんだろうな、母親が亡くなって、ふと思ったんだよ。どうしてこんなところにいるんだろうって……」さらに攻め込んでくる。 「亜由美さんがそう言ったの?」 「ああ、泣きながら電話してきたよ…… 」彼も悲しさを装った。 「でも…… 」 「考えてやってくれないか…… お前の家を出ていけないのは、お前に遠慮しているだけなんだ」 「……」友樹が俯いてしまうと 「お前だって、彼女の弱みにつけこんだんだろっ、今だったら自分のものにできるって思ったんだろっ、それって卑怯だとは思わないのかっ」松谷の語気が突然強くなった。 「卑怯って言われても…… 俺は気持ちを伝えただけで、亜由美さんがそれを受け入れてくれて、一緒になったんだから…… 」友樹は懸命に反論しようとしたが、亜由美の思いを知って愕然としていた。 「だけどさ、あんな気持ちの亜由美を引き留めていたって、良いことにはならないだろ、お前のお義姉さんがすぐに入籍させなかったのも、こうなることがわかっていたからじゃないのか」 「……」友樹は一瞬顔を上げたが何も言えなかった。 「頼むよ、あいつはここを出ても俺のところには来ないと思う。それでもいいんだ、あいつが幸せになればそれでいいんだ。お願いだから、あいつを解放してやってくれ、頼むっ」 松谷が再び頭を深く下げた。 帰宅した友樹は 「何かあったの?」と問いかける亜由美に 「いや……」と答えただけで彼は部屋にこもってしまった。
(裕也が来たのだろうか、まさか……) 亜由美はそんなことを思い、少しうれしかったが、それでも友樹の落ち込みようを見ると申しわけなさでいっぱいだった。
そして、翌日の日曜日、意を決した友樹が話を切り出した。 「昨日、松谷君が話に来たんだ」 「そうなの…… 」驚いた様子はない。 「東京で話したんだって……?」 「ごめんなさい……」彼女は俯いてしまったが 「いや、いいよ、亜由美さんの気持ちは全部聞いたよ」友樹の優しい言葉に 「なんて言ってたの?」すぐに顔を上げると尋ねた。 「うん、ここを出ていきたいけど、俺に遠慮して出ていけないとか、田舎では暮らしたくないとか……」 「ごめんなさい、あなたのことを嫌いになったわけじゃないの、でも、なんか、生活のリズムっていうか、道を歩いていてもお年寄りにしか会わないし、たまに若い人に出会っても話が全然合わなくて……」申し訳なさそうに思いを語る亜由美を見て 「そうか…… そりゃそうだよね」彼は彼女が気の毒になってしまった。 「でもね、出ていきたいって思っているわけじゃないのよ、ゆっくり自分の人生を考えてみたいって思って……」 友樹は辛そうに話す亜由美を見つめて、出ていきたいのかと思っていたが、それでも『人生を考えてみたい』と言う言葉に、一瞬は救われたような錯覚があった。
「昨日、松谷君に卑怯だって言われて…… 」呟くように言った後、彼は打ち消して欲しくて目を閉じると静かに俯いたが、彼女も俯いたまま、それを否定はしなかった。
(そう思っているのか、この人も俺のことを卑怯だって思っているのか……) 救われたように思った錯覚は一瞬で崩れ去ってしまった。 友樹が懸命に涙をこらえて、窓越しに外を見ると、ふっと有友亜紀の笑顔が脳裏をかすめた。 (彼女だったら、なんて言うだろう…… どうしたらいいのか全く分からない、出て行けばいいよって笑って言ってあげればそでいいのか、そんなものなのか……) 「あっ、兄貴に呼ばれてんだ、忘れてた。ごめん、ちょっとだけ出てくるね」友樹は出かけたが、わざとらしいその言い方に、 「ふうっー」亜由美は大きなため息をついた。
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