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作品名:奥様には秘密がいっぱい 作者:此道一歩

第3回   不思議な女性
そしてその翌日の日曜日、十二時前のことであった。

『ねえ、ラーメン食べたいんだけど、どこかおいしい処、知らない?』
 電話を取るなりいきなりの質問に友樹は驚いた。
『あっ、昨日のホテルの近くに【ウマメン】っていう店があるよ。ホテルにいるんでしょ』
『うん、じゃあ、待ってる』
『ちょっ、ちょっと、俺、今ラーメンを作っているところなんだけど……』
 友樹は断わろうとしたが
『車、持っているんでしょ!』
『うん、車はあるけど……』ペースを変えられてしまった。
『まだお湯を沸かしただけで、麺は入れていないんでしょ』
『ええっー、どこかで見てるのっ!』彼は驚いて振り向いたが誰もいようはずはなかった。

『振り向いたって誰もいないでしょ』
『ど、どうして……』
『心理よ、心理、以前書いた物語のシナリオよ』
『かっー、信じらんない』
『私の方こそ信じられないわよ、美女が誘っているのに…… 』
『そ、そんな…… 』
『三十分で来てね 』
 プチッ

 電話を切られた友樹は大急ぎで身支度を整えると車に飛び乗った。
「くそっー、なんて女なんだ…… 絶対に断る。明日、町長に絶対に断る」
 彼はそんな独り言を吐き捨てながら車を飛ばした。
 彼がホテルのエントランス前に車を乗り入れようとすると、彼女がちょうど出てきたところだった。
 彼は、『どうせ、待たされるんだろうから駐車場に入れば良かった』と思った時だったので、慌ててしまった。

「友樹君、スピード違反は駄目だよ、まだ二十分しかたっていないよ」
 車に乗り込んだ彼女がシートベルトを締めながら微笑む。
「えっ、でも直に来いって……」彼は不足を言葉にしたが
「『三十分で来てね』って言ったでしょ」彼女の言葉は穏やかだった。
「そ、そう言われれば……」
「またベッドインしたくて慌てて来たんでしょ」なんとも年上の女性にからかわれているようで
「な、なんてことを! そ、そんな……」友樹は返事に困ったが
「えっ、本当にそう思ってたんだ……」彼の様子を見ていた亜紀がさらにからかってくる。

「も、もう許してくださいよ」
「ははは、親父に結婚するからって電話したら喜んでたよ」
「ちょ、ちょっと、ど、どういうことなんですか?」
「冗談よ、そんなに怒らないでよ。ちゃんと『私の方から断ったよ』って連絡したから安心して」
「そ、そうですか…… 驚きました」

 店に入ると
「俺は醤油チャーシューメン、ネギをトッピングするけど…… 亜紀さんは?」友樹が尋ねると
「えっ、私は醤油ラーメンにコーンともやしをトッピングして、麺抜きで……」微笑んだ彼女の瞳がまぶしくて彼はドキッとしたが
「え、ええっ、め、麺抜きって……」友樹は慌てた。
 しかし
「あいよっ」それを聞いていた店の大将は笑顔で答えてくれた。

「……」唖然としている彼に向かって
「ねえ、美人に断られて残念でしょ、本当は私と付き合ってみたいって思っていたでしょ」彼女が微笑むと
「えっ、だって、俺は高卒だし、東京の大学で四年間過ごした君とは合わないと思う」
 目を伏せたが、それは彼の本心であった。
「へえー、東京にコンプレックス持ってんだ」
「そ、そんなことはないです。春日町は静かでいいところです」
「そう…… だけどね、私は五年間東京にいたけど、物語ばかり書いてたんだから、東京のことなんて何も知らないのよ」亜紀が眉をひそめると
「えっ、でも、証券会社に勤めていたんでしょ」不思議に思った友樹が尋ね直した。
「親父がそういうことにしただけよ。小説家なんて恥ずかしいから……」
 彼女の声がフェードアウトする。
「えっ、どうしてですか? かっこいいじゃないですか、俺はあこがれますけどね」
「ありがとう、でもね、私には秘密があるのよ」彼女がふっと遠く一点を見つめた。

 その時、二人の前に注文の品が出てきた。
 友樹はラーメンを手元に寄せながら
(秘密? 不倫のことか……? )と思いながら
「秘密って、何ですか?」と尋ねたが
「それは秘密なのよ。結婚してくれるんだったら教えてあげるけどね」
 突然愛くるしくなるこの女性が友樹にはわからなかった。それでもごく自然に相手ができる彼女の人となりに彼はどっぷりと浸かってしまっていたが、彼自身はまだそのことに気づいてはいなかった。

「そ、そんな、俺なんか……」友樹は突然飛び出した【結婚】と言う言葉に驚いてしまった。
「君はね、とても興味深いのよ、君を観察すればいくつでも物語が書けそうな気がする」
「ど、どういうことですか……」
「まっ、そういうことよ。昨日も君が寝ている間に書いていたでしょ」
「えっ、ええ、徹夜したやつですね」
「そう、今日の昼前に完結して、編集者に送ったら、すぐにOK牧場……」
「えっ、何を書いたんですか?」
「そりゃ、【夜に活躍、有賀友樹の真実】ってタイトルにしようかって思ったけど、それはやめた」
「ちょっ、ちょっと待ってください、俺のことを書いたんですか!」
「そうよ……」
「な、何て、書いたんですか?」
「内緒、結婚してくれたら読ませてあげるけどね」彼女の微笑がなんとも言えない。

 それでも、はっとした彼は
「もうからかわないで下さいっ、俺と結婚したいなんて思っていないでしょ」
 本当は思っていて欲しいという思いが、逆説的な言葉になってしまった。

「そんなことないわよ、そういうことになるんだったら、それはそれで人生よ」
いとも簡単にそんなことを語る彼女に
「もう、頭が痛くなってきました」
 彼は顔をしかめて俯いてしまった。
「まっ、良いじゃない。その代わり、一人が寂しい夜に私を思い出したら電話してきて……」
「し、しないですよ」慌てて顔を上げた彼がすかさず答えたが
「友樹君って楽しいね」微笑む彼女だけを見れば愛くるしくてとても年上の女性には思えなかった。

「…… だ、だけど、小説を書いてどのくらいもらえるんですか?」
「どのくらいって、お金のこと?」
「はい……」
「うーん、ここ一年は、月に二百万円くらいかな……」
「に、に、二百万!」
「私と結婚したらね、この著作権料がもれなくついてくるわよ」
 彼女が微笑むと
「わ、わかりました。結婚します」友樹が真顔で見つめた。
「えっ、ほんと!」彼女は驚いたが
「嘘です……」彼は背筋を伸ばして答えた。

「かー、何なのよー、友樹君も冗談、言うんだ」彼女が微笑みながら顔をしかめると
「そ、そりゃー、やられっぱなしはちょっと腹立たしいんで……」彼もかすかな抵抗をしたが
「そうかー、一矢報いたかったんだ」大きな瞳がのぞき込んでくると
「そ、その一矢です」友樹は頬を染めて俯いてしまった。
「まっ、いいよ、親父のことは心配しなくてもいいからね」

 その日はラーメンを食べ終えるとそのまま帰宅したが、友樹は翌日、町長室を訪ねた。
「おい、有賀、ちゃんと断わったのかっ!」何故か米田が怒ったように尋ねた。
「は、はい、もう終わりました」
「そ、そうか…… 町長は今週いっぱい東京だ」
「そうですか……」
「俺の方から報告してやるよ」
「いや、そこは他人任せにはできないんで……」友樹はそう答えたが、
(この人、亜紀さんのことが好きなのか……)ふとそんなことを思った。

 しかし、それでもその週の土曜日の夜、お好み焼きが食べたいという彼女からまた呼び出され、彼は慌てて出かけた。

 彼女が車に乗ると
「もう…… 付き合わないことにしたのに、なぜ電話してくるんですか……?」
 彼は尋ねながらもなぜかうれしかった。
「いいじゃない、別に付き合ってなくても、一緒にお好み焼きを食べて、一緒に燃え上って……」彼女の笑みが夜を連想させる。
「ええっ! 駄目ですよ」驚いた友樹は
「何を想像してんのよ、ベッドじゃないわよ、鉄板が熱いんだから、燃えるでしょ」
 いとも簡単に亜紀にはぐらかされ
「ち、違いますよね、さっきの言い方は違いますよね」つい無機になってしまった。
「何、無機になってんのよ、男と女がベッドの上で燃えても、鉄板の前で燃えても、そんなこと、どうでもいいじゃないの」亜紀は細かいことにはあまりこだわらない。
「もう、頭が痛いです。今日は食べたら帰りますから……」

 そうは言ったものの、結局、彼女の言葉に惑わされ、彼は再び夜を共にしてしまった。

 交際しているわけでもないのに、そんな不可解な関係が二ヶ月ほど続くと、友樹もいつしか彼女からの電話を心待ちにするようになってしまい、彼の周囲はいつの間にか幸せ色に染まっていった。
 ただ、職場では秘書室の米田幸一に顔を合わせるたびに睨み付けられ、友樹は俯いてしまうことが多かったが、それでも
(付き合っているわけじゃないから……)と自らに言い聞かせ、可能な限り米田を避けようとしていた。


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