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作品名:奥様には秘密がいっぱい 作者:此道一歩

第14回   思いは届いたのに何かおかしい
 部屋の前に着くと彼は大きく深呼吸をしてチャイムに指をあてたが、いくらチャイムを鳴らしても彼女は出て来ない。
 
 ピンポーン、ピンポン、ピンポン、ピンポン

 苛々し始めた彼がチャイムを連打すると、しばらくして「かちっ」と、中からロックが外される音が聞こえた。

 彼がそっとドアを押して部屋へ入る。
「もう何なのよー、さっき寝たばかりなのよ」彼女がベッドにもぐりこみながら泣くように言うと
「結婚しよう」思わず言葉が出てしまった。
「うん、わかった。わかったから寝させて」彼女は目を閉じて眠ろうとしたが
「えっ、いいの?」
「うん、いいから寝させて……」彼女は目を閉じたまま夢の世界に入っていった。

 その後、彼はしばらく目を閉じていたが、ふと目を開けると、髪は乱れ、すっぴんで熟睡している彼女を見つめながら
(なーんか、かわいい顔してるなー、でも本当に結婚してくれるのか)
 そんなことを思いながら少しだけ不安があった。
 
 彼は部屋のカードキーを持つと一度部屋を出て、遅めの昼食を取って再び部屋に戻ったが、彼女はまだ熟睡の最中だった。
 ソファに寝転がった彼は、嬉しそうに天井を見つめていたが、彼も眠ってしまい、はっと気がついて目を覚ますと六時半になっていた。しかし、彼女はまだ眠っていた。

 静かにコーヒーを入れて飲み始めると
「あっ、来てたの?」亜紀が突然上半身を起こした。
「えっ」
「さっき、ブローポーズした?」彼女が寝ぼけ眼で尋ねると
「う、うん……」不安になった友樹が亜紀を見つめた。
「あっ、そう、夢じゃなかったのか……」
「ええっ、OKもらったんだけど…… 」
「うん、覚えてるよ」彼女は目を閉じて再び眠ってしまいそうな感じだった。
「本当にいいの」友樹が不安そうに尋ねると
「いいわよ、だけどちょっとシャワー浴びてくる」彼女は突然目を開くとベッドから降りた。
「うん」

 彼女がシャワーを浴びて部屋に戻ってくると
「聞かないの? 電話が本当にあったよ」友樹は聞いて欲しいと言わんばかりだったが
「でも時間がかかったわねー」彼女が首を傾げながら呟いた。
「聞きたくないの?」
「だって、どうせ電話してきて、『友樹の所に帰ってあげてもいいと思ってんの』とかなんとか言って、友樹は『ごめん結婚するんだ。幸せにね』とかなんとか言って一方的に電話を切ったんでしょ」彼女が髪をふきながら言うと
「俺の家に盗聴器でも仕掛けてんの?」彼は驚いた。
「何言ってんのよ、一度も家に上がったこともないのに」
「あっ、そうか……」

 しばらく沈黙があった。

「それで一つだけ教えて欲しいんだけど……」友樹が不安を露わにした。
「いいわよ、どうぞ」
「了解してもらって、こんなことを聞くのもおかしいんだけど…… どうして了解してくれたの? 俺なんて何のとりえもないし、俺のどこがいいのかわからないんだ」

「ふーむ…… 物語を書いているとね、必ず男と女が出てくるのよ」彼女は頭の中で物語を考え始めた。
「うん……」
「外見は素敵だけど中身のない男、その逆もあるよね、女だって同じよ。様々な男や女を物語の中で仕立てて、いろんな恋愛を設定していくんだけど、私自身はいろんな女性を描いていく中で、自分が本当はどんな女なのかわからなくなってしまったけど…… 」
 彼女が苦笑いする。

「そ、それって……」
「だけどね、ひとつだけはっきりしていることがあるのよ」
「う、うん……」
「どんな物語でも、最後に救われるのは、まじめで誠実に生きている人間なのよ」
「お、俺のこと?」
「そう、私は本気で恋愛なんてしたことないけど、物語の中で何人もの女性を演じて、何人もの男性を相手にしてきて、何度も失恋して、最後には、誠実で馬鹿みたいにまじめで、心のある男と結びついて幸せになるのよ……」彼女の言葉に熱がこもってきた。
「……」
「知らないうちに現実の世界でもそんな男性を求め続けてきたのね。世の中には外見にこだわらないで男の中身だけに魅かれる女性が七・三八%いるのよ」
「そ、そんな数字があるのっ?」
「あるわけないっしょ、適当よ」彼女が微笑んだ。
「ははっはは、でもいい、なんでもいい。からかわれているのかって思ってたけど本当にうれしい」

「それにね、お金のことだってあるしね」彼女が眉をひそめた。
「お金?」
「うん、妻のお金をあてにするような男は嫌よね。そのうちにギャンブルや女に狂ってしまう」
「……」
「だけど、あんたはそんなことしないでしょ」
「も、もちろん!」

「それにもう一つ……」
「まだあるの?」
「あんたは次男だから、場合によっては養子に来てくれるかもしれないって……」
「ええっ!」
「まっ、それはどちらでもいいけど、両親には義理もあるしね」
「そ、そうですか……」

「ただね、きれいに言えば、そういうことなんだけど…… 」
 そこまで話した亜紀は
(なんか違うなー、なんでこうなってしまったんだろう……? )と考え込んでしまった。

「ちっ、違うんですか?」

 しばらく沈黙があった。

「いや、違ってはいないと思うけど…… 初めて会った時にすごく興味があったのよ。あなたみたいにおとなしくて、まじめで、誠実そうな男は、どんな恋をするんだろうかとか…… 夜はどんなになるんだろうかとか…… 」
「よ、夜ですか!」友樹は驚いたが
「そう、特に夜の交わりには興味があったわねー」
「そ、それって色情因縁か何かですか?」
「はあーっ、なによそれっ」
「い、いや、よくわかんないんですけど……」

 再び沈黙があった。

「だけど、付き合えば付き合うほど味があるっていうか、まるでするめみたいな感じ?」
「す、するめって……!」

「だけどね、あなたの所に彼女が来て…… 正直ショックだったけど、状況を聞いて続かないって思ったのよ。だから、それまでに次の恋が始まるのか、暗闇に落ち込んだあなたが私の所に帰ってくるのか、それはわからないけど、まっ、自然に流れてみようって思ったのよ」
「そしたら俺が帰ってきた?」
「そうね…… だけど、彼女のことで悩んでいるあなたを見たら、放っておけなくなったっていうか、この人は私がいないと駄目だって思ってしまったのよ、まっ、母性本能みたいなものよ」
「ぼ、母性本能ですか……」
「そっ、だけど、それが愛なんだって言えばそうなのかもしれないし、でもよくはわからない。だけどね、この結論は不要なのよ」
 結局、彼女はこの思いは言葉では飾れないと思ってしまった。

「ど、どうしてですか、もし好きじゃないのに……」
「そんなことはないわよ。だいたいどこが好きなんですかとか、聞かれて、『ここです。あそこです』って答えられないでしょ」
「ええっ……」
「じゃあ、友樹君は私のどこが好きなのよ?」
「そっ、それは……」彼は亜紀を見つめたが、何と答えればいいのかわからなかった。
「答えられないでしょ。一緒にいて居心地がいいとか、楽しいとか、笑顔を見たらほっとするとか、ずっと一緒に居たいなーとか…… そんなことでしょ」亜紀がテンポ良く話し続ける。
「た、確かに…… 」
「いずれにしても、私は君と一緒に居たいし、君だったら私が小説を書き続けることも納得してくれるだろうし、お金のことだって大丈夫だろうし、友樹君ほどぴたりとはまった人はいないっていうことよ」
「よ、よくわかんないけど、もういいです。亜紀さんといたら幸せになりそうな気がします」
「はははっはは」
「笑わないでくださいよ。亜由美さんといた時は、いつもなんかにおびえてびくびくしていたんです。でも亜紀さんといたら、驚かされることは多いけど、それでも笑ってばかりで楽しい。これが幸せと言うことなんだって思います。だから、もう理由ははっきりしなくてもいいです」
「ほおー、友樹君も大人になったね」
「もう、からかわないでくださいよー」

「あっ、それからね、私たちのことを公けにするのはもう少し先にしましょうよ」
「……」
「周囲の人は真実を知らないんだから、『もう次の女ができた』なんて言い出すよ。別に悪いことした訳じゃないんだからどうでもいいようなことだけど、でもね、これも周囲に対する気遣いよ」彼女が諭すように話すと
「わ、わかりました」
 彼はまだ何か忘れているような気がしていたが、それでも言葉にできない幸せの中で、そんなことはどうでもいいと思って流してしまった。

 その夜、二人は初めて会った店【華】で食事をした後、ホテルで一夜を過ごした。


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