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作品名:美人じゃないのにかわいい女 作者:此道一歩

第5回   山本家のドン
その後、蒼汰と奈津美はよりを戻すと、半年前にタイムスリップしてしまったように楽しい時間を共有した。
 しかし、それを喜んでくれたな夏山省吾の様子が、その頃からおかしくなった。
「おい、何かあったのか?」蒼汰が心配すると
「最近さー、お前が奈津美ちゃんのことをかわいいって言うのが、なんとなくわかるよ」
「何だよ、以前は残念な女だって言っていたじゃないか」蒼汰が微笑むと
「俺もあの頃は若かったのかな」
「おいおい、半年くらい前の話だぞ」
「いや、お前の女を見る目は確かだよ、渚と付き合ってみて、それがよくわかったよ」
彼が大きなため息をつくと
「うまくいっていないのか?」
「うん…… 俺が我慢していれば、なんとなくはやっていけると思うけど、もう限界かな……」
「何があったんだよ……」
「いや、何がってことはないんだけど…… 俺はさ、ラーメンとかお好み焼きが食べたいんだよ」
「うん、好きだもんな」
「だけどさ、あいつはフレンチとかさ、イタリアンとか…… たまにはいいけど、毎回だとね…… 」
「そうか……」
「あいつが大事にしているのは外見だけなんだよ、いい女はいいものを身に着けて、いいものしか食べない……  ラーメンを食べている自分は見られたくないんだよ」
「もういやになったのか?」
「ああ、もう疲れたよ。正直言ってお前がうらやましいよ」
「でもさ、あれだけの美人なんだから…… 」
「それがさ、最近はあいつがブスに見えるんだよ」
「はははっはは、それって、もう済んでるじゃないか」
「ああ、もう終わりにしようと思ってるんだ」

 蒼汰は、美人と付き合っている省吾を羨ましいと思ったことはなかった。
 むしろ、懸命に自分を抑えている彼を見て、重苦しささえ感じることがあった。未だにベッドインもしていない彼が都合のいい男にされているようで、蒼汰はどうしても鈴木渚のことが好きになれなかった。

 ただ、それでも蒼汰と奈津美の関係は順調で、二人の間では結婚に向けて具体的な話が進んでいたのだが、蒼汰が父親に養子のことを話すと、
「ふざけるな、他人様に差し出すためにお前を大きくしたんじゃないぞっ!」
 父親がすごい剣幕で怒り狂った。
「何を無機になってんのよ」母親が諭そうとするが
「うるさいっ、黙ってろ」父親は母親にまで食って掛かってしまい収拾がつかなくなってしまった。

 それを聞いた兄夫婦が慌ててやってくると父親の剣幕は少し収まったが、それでも納得する雰囲気はなかった。

「お前、すごい人見つけたなー、それで向こうのご両親は、お前と言う人間を受け入れてくれるのか、養子に来てくれれば誰でもいいって言うわけじゃないだろ?」兄が尋ねると
「うん、それは了解してくれている」
「そうか…… やっぱりお前はそういう人間なんだな、金目当てじゃないことをわかってくれているんだろうな」
「ああ、それは理解してくれているし、俺だってそんな気持ちはないよ」

「ふざけるな、何が都市ビル開発だっ、俺は絶対に許さんからな」父親は言葉を吐き捨てたまま出て行ってしまった。
その後、蒼汰は何度も父親を説得しようとしたが、ままならず、ついに奈津美の実母を頼った。

 そして、相田奈津美の実母、天地亜紀が動いた。
 母親は事前に聞かされていたが、何も知らない父親は彼女の訪問に慌ててしまった。
 それでも逃げ出すわけにもいかず、しぶしぶ客間で亜紀に対峙した。

 奈津美の家庭環境を聞いた父親は、中山の母親が継母であることに驚いたが、それでも、養子の話に応じるつもりはなかった。

「お父さん、養子じゃなくてもいいんですよ。結婚を承諾してくれるのであれば何も問題はないんですよ」亜紀が切り出すと
「えっ、養子じゃないんだったら何も問題はないですよ」父親は一瞬ほっとした。

「でもね、一人娘なんだから、両親が亡くなった時に、籍が途絶えてしまうっていうのは……」亜紀が不安を語ると
「その時は仕方ないですよ。籍を途絶えさすわけにはいかない。先でそうなるのは仕方ないですよ」
父親も息子が将来的に席を継がなくてはならないということは納得していた。

「そ、そうですか…… でも、それで本当にいいんですか?」亜紀は不思議だった。
「いいですよ、将来、そうなっていくのは仕方ないと思いますよ」
「でも、それだったら、ご両親は、中山の家に結納をもって、娘さんをくださいって、あいさつに行くことになりますよね」
「そりゃそうです、納得いただけるだけの物が用意できるかどうかは別にして、そういうことになりますよ」珍しく父親が毅然と話した。

 しばらく沈黙があった。

「そこまでしておいて、将来は中山の籍を継がせるんですか?」亜紀が眉をひそめると
「何が言いたいんですか?」父親が目を見開いた。
「いえ、大事に育ててこられた息子さんをただで中山に差し上げるんですか?」亜紀が首を傾げると
「ど、どういうことですか?」父親は顔をしかめたが
「将来的には籍を入れても仕方ないという覚悟があるのでしたら、中山から『息子さんをいただきたい』って挨拶に来させて、結納もがっぽりいただけばいいんじゃないですか?」亜紀は続けた。
「な、なんてこと言うんですか、息子はものじゃない」父親の語気が強くなったが
「もちろんです。だけど価値があるんですよ、中山の家にとっては」思いもよらない亜紀の言葉に
「……」父親は目を伏せてしまった。

「なんでしたら、1億くらい用意させましょうか?」
「い、1億っ、馬鹿なこと言うんじゃないですよ。どこの世界に1億も結納を持ってくる馬鹿がいるんですかっ」父親が言葉を吐き捨てるように言うと
「馬鹿はあなたですよ」亜紀も目を吊り上げて語気を荒げた。
「な、なんて失礼な人なんだ」その言葉に父親も横を向いてしまったが
「だってそうでしょ、あなた方はそれだけの価値のある息子さんを育てて来られたんですよ。中山は2億でも3億でも出しますよ。娘は、蒼汰君と結婚できなければ、おそらく結婚はもうしないですよ。だから蒼汰君には計り知れない価値があるんですよ。それをただで中山に差し出すんですか? それこそ、蒼汰君のことを馬鹿にしているでしょ」亜紀は遠慮なく押し込んだ。
「な、なんてことを…… わ、わからん、あなたの言っていることは訳が分からん」父親は腕を組んで目を閉じたが
「だって、将来なら養子になってもいいけど、今は駄目っていうのはおかしいでしょ」亜紀がさらに続けると
「そ、そりゃ、最初から積極的に行くのと、止む無くいくのでは意味が違うでしょ」父親は懸命に思いを話した。
 しかし
「お父さん、私はどちらでもいいですし、中山だって、将来、籍を継いでくれるのであればそれでいいですよ……」亜紀には彼の男の意地にも似た思いが全く理解できなかった。
「だったら…… 養子じゃなくていいじゃないですか」父親の言葉に
「お母さんも、それでよろしいんですか?」釈然としない亜紀は母親に目を向けると
「私はね、あなたの言っていることがよく分かりますよ。正直言ってお金は大切ですよ。それにあなたの言う通り、将来、籍を継ぐのは確実な話なんだから、それだったら、立場をはっきりさせて、気持ちよく最初から養子にはいるべきだと思いますよ」そばで聞いていた母親は呆れ果てていた。
「おい、俺は嫌だぞ、世間体だってあるだろっ」

「あんたねー、もういい加減にしなさいよっ」ついに母親が切れると
「な、何だ」父親は少し慌ててしまった。
「考えてみなさいよ。中山財閥の娘さんをいただきに行くつもりなのっ! 結納金だって、最低でも1千万はいるわよ」
「な、なんでそんなにいるんだ」 
「だってね、将来、とんでもない資産を相続する娘さんをいただきに行くのに、1千万でも少ないでしょ」
「な、なんなんだ」
「うちの貯金だけじゃたりないわよ、借金して1千万作って…… もうあんたの小遣いなんてないわよ」
「ば、馬鹿なこと言うな、それは困る」父親がかなり慌てた。
「じゃあ、どうするのよっ! あんたが1千万どこかで作ってくるのっ」
「む、無理を言うな」
「それに嫁にいただくとしたら、結婚式の費用だって、相当にかかるわよ」
「い、いくらだ」
「そりゃ、中山財閥なんだから、数千万はかけるわよ」
「……」
「半分だしてもらったとしても、相当な額よ、わかってんのっ!」
「そ、それは向こうの都合なんだから、それ相当に……」
「そうなの? お金がないから嫁さんの親に全部出してもらうの? ふーん…… その方がよほどかっこ悪いでしょっ、その方が恥ずかしいわよ」
「……」父親はついに俯いてしまった。

 亜紀はその様子を見ながら、
( やはり思っていた通り、この家はこの母親で持っている)
 そう思って少しうれしかったが、それでも表情には表さなかった。

「お金がないんだから、変な意地は張らずに差し上げたらいいじゃないの、蒼汰だってそれを望んでいるんだから」母親の口調が諭すように優しくなった。
「……」

「最初から養子に出せば、一切の面倒は見てくれますよね」母親が亜紀に尋ねると
「も、もちろんです。結納を持ってきたからと言って何も準備する必要はありません。式にかかる費用、住まいのこと、一式、中山で準備させます。蒼汰君にもすぐに車を用意させます」
「く、車っ!」父親が驚いた。
「当然ですよ、養子に来ていただくんです。普通の家だって、車ぐらい買いますよ」
「そ、そうなんですか…… 俺も養子に行けばよかった…… 」父親がボソッと呟くと、 母親は顔をしかめたが、亜紀は目を細めた。

 山本家のドンが口を開くと、あっという間に話は決着してしまった。

 その3日後、蒼汰は家族に紹介するために奈津美を家に招いた。

 彼女を一目見た兄は、
(うーん、仕方ないか…… 資産家の娘で性格が良くて、おまけに美人だったら罰が当たるよな)と思ったが、
 彼女が帰った後、父親が
「おい、かわいい子だな」蒼汰に微笑むと
「親父、わかるか?」彼は嬉しそうだった。
「ああ、なかなかのもんだ」父親も腕を組んだまま何度も小さく頷いた。

 兄はそんな二人を見つめながら
(こいつらの美的感覚はどうなってんだ! )と呆れたが、それは口にはしなかった。


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