そして世論が動き始めた。北井高校の西野が生徒たちに山田一樹の経歴を話したことから、その情報はあっという間にバスケ関係者、愛好者の間に広まり、国体で1勝もしたことのない高校男子の選抜チームの監督を山田にするべきだという、メールが200通以上も県支部へ寄せられた。 これには会長を務める青井高校の監督山川も頭を痛めた。
西野が彩に告白した翌日、山田一樹は、支部から呼び出され、高校生チームの監督を依頼されたが、選抜チームの選手は事務局が決定することを聞いた彼は、これを断った。
支部側は、「山田が辞退した」ということを理由に、今年も青井高校の山川が指揮を取ることに決定していた。
その話を聞いた長瀬は、あいつらがいる限りは駄目だ…… そう思って彼の苦悩は消えそうになかった。
しかし、県教育委員会においてとんでもない事件が発覚してしまった。 他県での、教員採用に絡んで、現役教師の贈収賄が全国的な問題になっていたことに触発された、教育委員会の若手職員の内部告発によって、教職員の採用試験において不正が行われているということが発覚してしまった。
それは、上司から明確な圧力があったことを訴えるもので、その対象は現役教師で、AJBBA県バスケットボール支部の会長をしている山川の息子と、その教え子数名であった。
現金が動いているようだとの情報を得た県警が直ちに動いた。 事件が明確になるのに時間はさほどかからなかった。
青井高校の山川は、直ちに辞職願を提出したが、調査が終了するまでは受け取れないとされ、辞職がかなわず、有罪が確定した段階で、懲戒解雇が言い渡され、退職金は1円も手にすることができなかった。
さらに県支部の会計にも不自然な支出が多く、調査の結果、山川が会長に就任して以来、6年間で、1千万円に近い私的流用が発覚し、さらに機材などの購入にあたっても、バックマージンを受け取っていたのではないかという職員の告発により、4百万近いバックマージンの取得が明確になった。
これに伴い、県支部は、山川、中川の両名に、損害賠償の請求を行うことを決定し、直ちに弁護士が必要な書類の準備を進めた。
また、その息子と3人の教え子は、罪には問われなかったが、世論がこれを許すはずもなく、とても教師を続けることはできず4人は辞職を余儀なくされた。
親の報いが息子にまで、そして彼を信じた教え子にまで及んだことは、気の毒であったが、教え子たちの親から山川に金が流れていたことを考えれば、これも仕方のないことであった。
また、市議会議員をしていた中川は、議会から辞職勧告がなされたが、懸命に言い訳を続け、これには応じなかった。
しかし、10月の選挙で、周囲の反対を押し切って強引に立候補した彼は、父親の代から守り続けてきた、議席を失うこととなったが、その結果は立候補した者の内、圧倒的な最下位であった。
子供達の夢を奪い、権力を誇示し続け、公的資金で飲み食いし、教師でありながら、あるいは議員でありながら、人の道を大きく踏み外した彼らのたどり着く先は、これまでの彼らの悪行が決定するに違いない…… 長瀬は冷静に分析していた。
泥水を凍らせて築いていた山川の氷の城が壊れた後は、一面泥沼のようになってしまった。
一新された支部からの依頼を断った山田一樹は、県内の選手を対象に、定期的にクリニックを開くことについて理事長と相談を始めていた。
完
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