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作品名:泥にまみれて 作者:此道一歩

第2回   相良高校男子バスケットボール部
 そして4月1日、彼の新しい人生がスタートした。
高校バスケの練習に出向いた彼は、12人のメンバーを前に挨拶したが、詳しい経歴は話さなかった。

 練習を見ていると、185pの長身が一人、小柄だが、足の速い子もいて、キャプテンのガードは、きれいなジャンプシュートを打つ。
面白いチームができそうだな、彼はそう思ったが、何も言わずただ黙って練習を見ていた。
 来る日も来る日も彼は黙って練習を見ていた。
 そして3年生にとっては、最後のインターハイ予選の県大会に向けた地区予選がスタートした。

ただ、相良 高校があるこの地区は6校のうち1校が県大会へ出場することができるのだが、毎回県大会へ出場するのは、西部高校であった。
 相良高校はいい所まで頑張るのだが、いつも決勝でここに敗れていた。
 残りの4校は運動にはあまり力を入れていなくて、やる気もあまりなかった。

 西部高校との地区予選の決勝を1週間後に控え、キャプテンが山田に話しかけてきた。
「先生、いつも黙っているけど、何か教えて下さいよ」
「えっ、何を教えて欲しいの?」
「西部に勝つ方法!」
「今まで何が理由で勝てなかったと思うんだ?」
「うーん、オフェンスでは負けていないと思うんだけど、やっぱりディフェンスかな……」
「そうかー、でもな、ディフェンスの練習は楽しくないぞ」

「そりゃー、練習なんだから仕方ないっすよ、それに勝てるんだったら、皆もがんばるよ、せめて1回ぐらいは勝ちたいっす」
「そうか、じゃあ、やってみるか?」
「はい、お願いします」

 彼はその日から1週間かけて、ボックスアウトと、ヘルプを徹底的に指導した。
 素直な子供達だったから、習得は早く、あっという間にディフェンス力を付けた彼らは、
「先生、このディフェンスはいいですね、先生も勉強してくれたんですね、明日は頑張りますよ」
 皆、そう言って翌日の試合に臨んだ。

 第1クォーターは、初めての実戦であったから、手探りの状態でメンバーがお互いに注意しながらの中で22対18となり、4点ビハインドとなった。

 そこまで、黙っていた山田が一言
「実戦で初めて使ったのだから第1クォーターは仕方ない。練習試合みたいなものだ。第2クォーターは1週間の成果が出るよ。思い切っていこう」
 そう言うと、ベンチが一気に盛り上がった。

 第2クォーターに入り、しっかりとボックスアウトができるようになると、ヘルプも動きが自然にできるようになってきた。
 そうなると、西部高校のオフェンスがぎくしゃくし始めた。
 この1週間オフェンスの練習は全くしていなかったが、それでもディフェンスからリズムをつかんだ相良高校は、速攻を繰り出し、得点を重ねた。
 第2クォーターが終了すると、42対36となり相良高校が6点リードとなった。

 西部高校の監督は
「何やってんだ! リバウンドだっ、リバウンドを取るんだ!」
 懸命に選手を激励した。

 しかし、終わってみれば84対62、相良高校の圧倒的な勝利であった。
 相良高校サイドの観客席は揺れるように沸き上がり、生徒たちの喜びようも尋常ではなかった。

 駆け付けた北井高校の監督、西野は、スコアーボードを見て驚いた。
「山田さん、何をしたんだ…… くそー、早く来て試合を見たかった……」

 この西野は、山田一樹の一年後輩であった。当時プレーヤーとしてはベンチ要員だったが、頭がよく、高校時代、山田は彼からの情報にかなり助けられていた。
 その彼は、教師になると2年目にはチームを県ベスト4に導き、毎回いいところまでは行くのだが、未だに県を制したことはなかった。

 地区の決勝が遅れた相良高校は、県大会の1回戦でこの北井高校との対戦が既に決まっていた。
 例年通り西部高校が上がってくれば何も問題はないのだが、山田が4月から相良高校で教鞭を取っていることを知ったこの西野は、まさかと思いながらも結果が気になり、この地区決勝に足を運んだのであった。

「お久しぶりです」
「おい、西ちゃん、すごいねー、今年はインターハイか?」
「先輩、からかわないでくださいよー」
「いいや、本気だよ」
「毎回、決勝まで行けないんですよ……」
「今年は1回戦かもな……」
「先輩、勘弁して下さいよ……」
「はははっはっ、おまえさー、ゾーンプレスだ、マンツーマンプレスだって言っているけど、穴だらけだよ、わかっているの?」
 俺には穴が見えてるよ、うちにプレス仕掛けたら丸裸にするよ…… まさにこう言わんばかりに、山田が脅しをかける。

「わかっています。でも、それがわかるのは先輩ぐらいですから……」
「ほう、言うようになったねー、だからさ、1回戦が鬼門だよ」
「先輩、本気でつぶしに来るんですか?」
「馬鹿なこと言うなよ、かわいい西ちゃんが困るようなことはしないよ」
「あっ、ありがとうございます」

 西野は安心して帰って行ったが、それでも不安だった。
 彼は、山田という人間の底知れなさをよく知っていた。
 まさか、負けることはないよな……
 でも、丸裸にされるかもしれない…… プレスは絶対に1回戦なんかでは使えない……

 彼が帰った後、理事長が降りてきた。
「相良高校、男子バスケ部、初の県大会だな、みんなよくやった」
「ありがとうございます。先生がディフェンスの勉強してくれたからです」
 選手は皆、満面の笑みを浮かべてはしゃいでいた。
 山田はその横で理事長に向って苦笑いをしていた。

「先生、女子とやろう、今度は女子に勝ちたい!」
「何、それ…」
「女子チームとやって、今まで勝ったことがないんだ」
「えっー、お前たち… 何なの…」
「去年の夏も、秋も、ボロボロにされて…悔しいんだ、プレスかけられるとどうにもならなくて…」
「へえー、女子チームってすごいんだ!」
「そりゃー、毎年ベスト4の常連だから…」

 女子チームの監督は、森山美咲、山田よりも3歳年上で、この学校の卒業生らしい。
 大学を卒業後、この学校で数学を教えている。
 理事長によると、かつてこの学校でガードをしていたが、一勝もできないまま卒業し、大学では同好会でプレーをしてバスケの戦術を勉強していたらしい。
 目標は、相良高校女子バスケチームの1勝、ということで、教師としてこの相良高校に戻って来たが、初年度にその目標を達成し、県大会出場を果たした彼女は、いまやインターハイを視野に入れるところまで、チームを創り上げていた。
 その彼女は、山田一樹をよく知っていた。大学時代、高校バスケを視野に入れていた彼女は、男子の試合をよく見ていた。
 彼女の脳裏にも、山田一樹が苦渋をなめたあのインターハイ予選の決勝は未だに忘れられない醜い試合として残っていた。
 ただ、彼女にも、山田一樹はすごいプレーヤーだったが、指導者としての実績は私の方が上、という自負があったので、彼が挨拶に来た時も、決して動揺することなく、機械的に対応した。

 男子チームのキャプテンから挑戦を申し込まれた彼女は、その週末の土曜日に試合の予定を入れた。
 プレスを仕掛けてくることを聞いた山田には、県大会の第1回戦に向けて試してみたいことがあった。
 今から、何を練習してもだめ! だったら……

 試合当日、女子専用体育館には、噂を聞きつけた多くの学生たちが観覧にやって来た。
 特に、女生徒たちは、男子が女子にボロボロにされるところを見たいという、少し意地悪い思いがあったが、それでも初めての県大会出場を決めた男子チームがどの程度上達したのか見てみたいという希望的な好奇心もあった。

 第1クォーター、しっかりとボックスアウトをして、ヘルプをしてくる男子チームに苦戦した女子チームは、なかなか得点ができず、16対14という2点リードが精一杯であった。
 昨年までリバウンドは取り放題だったのに、それができず、中にも入れず、いらいらし始めた第2クォーター、女子チームが外からのシュートを多用し始めると、男子チームが走り始めた。

 シュートがリングをはねると同時に、小柄だが足の速い田中が走り始める。ついていた女子はとても追いつけない、リバウンドを取った身長185pの松井が、着地と同時に田中のはるか前方にパスを出す、すごいスピードで追いついた田中が、フリーのままレイアップで点を重ねる。

 第2クォーターが終了すると、30対20、男子チームが10点リードに変わった。
 しかし、女子の監督、森山には自信があった。
 後半プレスをかければ一気に行ける、そう思っていた彼女は、第3クォーターは体力を温存させるため、主力を休ませ、第4クォーターに備えた。
 そのため、第3クォーター終了時点で、45対30となり、男子チームの15点リードなった。
「次はプレスを仕掛けて来るぞ、考えたらだめだぞ、相手がどこに誰がいようが、関係ない、練習した通りだ、いいな」

 第4クォーターが始まるとマンツーマンプレスを仕掛けられ、差があっという間に、9点差になってしまった。
タイムをとった山田は、
「わかったな、あれがプレスを仕掛けて来るタイミングだ、次からは仕掛けられたら走るぞっ!」

 エンドラインからボールを入れるとすぐにプレスのため二人で襲いかかってくるが、バスを受けた松井は振り向きざまに、右前方にパスを出す、あっという間の出来事に、皆が振り向いた時には、前方で田中が、フリーのままレイアップで点をとる。

「もっと厳しく当たれ」森山が叫ぶが、どうにもならない。
 女性であるが故、振り向きざまにパスを出す松井の動きが怖くて近寄れない。

 あっという間に18点差になってしまった。
 タイムを取った森山は、2人を早めに帰らせることにしたが、そうなると松井は、フェイクを入れて、空いた仲間にパスを出す。
 結局、そこからはプレスを止めるしかなくなった女子は、70対45という、屈辱的な敗北を喫してしまった。

 試合終了のブザーが鳴ると、観覧していた生徒たちから、地を揺るがすような拍手が怒った。
 男子チームの中にはキャプテンを始め、目頭を熱くしている者もいた。

 これは、北井高校には通用しないな、女子だから、恐れて松井に寄れなかったけど、相手が男子だったら松井のパスは通らないかも……
 山田は目の前で歓喜に沸く選手たちを前に少し暗い表情になっていた。

 そして、1週間後、県大会が始まり、初日の第一試合、相良高校と北井高校の試合が始まった。

 第1クォーター、予想通り、北井高校は、Bチームでスタートした。
 しかし、ボックスアウトとヘルプをしっかりとやって来る相良高校を相手に、思ったように点を取れない北井高校の選手は苛々していた。

 第1クォーター終了のブザーが鳴って、12対8、4点しかリードできていないことに、Bチームのキャプテンは、目の色を変えていた。
 第2クォーターも、思うように点が取れないことに腹を立てたBチームのキャプテンは、突然マンツーマンプレスをしかけてきた。
 パスを受けた松井は、それに気づくととっさに振り向きざまに、相手コート右サイドをめがけて力任せにボールを投げた。
 右サイドは田中が既に抜け出していた。
 左もフリーになったキャプテンがセンター手前まで走っていた。
 
 だがその時、松井の前にかぶさって来てジャンプした北井高校のディフェンスの顔面に松井の投げた渾身のボールがさく裂した。

 それを受けた北井高校のディフェンスは、後頭部からコートに落ち、鼻血を出した。
 震度6の地震でも起きたのかというような観客席の地響きに体育館が揺れ動いた。
 ちょうどその時、アップしている控えの選手に目を向けていた北井高校の監督、西野は、そのどよめきとともにコートに目を戻したが、一瞬何が起きたのかわからなかった。

「何があったんだ?」彼が隣にいるキャプテンに聞くと、
「プレスかけたら… 何か両サイドに走られて…」
 キャプテンも困惑していた。
「プレス仕掛けただとーっ!」
 選手の手当てにプレーが一時停止していたが、西野は直ぐにタイムを取った。
「お前ら、なんで勝手なことするんだー」
「はっ、すいません、プレスかけて一気に…」Bチームのキャプテンがいいかけたところで遮られた。
「ふざけるなー、相良の監督が誰だか知らないのか!」
 いつもは静かな西野のすさまじい形相に選手たちは俯いてしまった。
「こんなところでプレス潰されたら、ベスト4だってむずかしいぞっ!
あの山田監督は、かつて県選抜に選ばれ、アメリカの短大だけど、ロスター入りした人だ」
「それは知っています」Aチームのキャプテンが言うと
「テニスが本職じゃないんですか?」Bチームのキャプテンが尋ねた。
「全くの同一人物だ…」
「えっー」
「すごい人なんだよ、うちのプレスの穴なんてお見通しなんだよ!」
「……」
「勝ったって、丸裸にされたら、何の意味もないんだよ。 絶対にプレスはしかけない、いいなっ!」

 結局試合が終わってみれば、60対24、バスケではあまりお目にかかれないスコアーボードであった。
 100点取られないことを目標に頑張って来た相良高校の選手たちは、負けても大喜びだった。
 まるで勝者と敗者が入れ替わったような状況だった。
 


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