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作品名:泥にまみれて 作者:此道一歩

第1回   一筋の光
 教員採用試験の応募者一覧表を見ていた相良高校理事長の長瀬は、その中に山田一樹の名前を見て驚いた。
 心臓の鼓動に激しく身体が揺れるほどの錯覚を感じ、彼の心は躍った。
 彼は、椅子にもたれ、ふっと遠くを見ると、10年前、彼が苦渋をなめたインターハイ予選の決勝を思いだしていた。

 あまりにも醜く、愚かなジャッジであった。インターハイ予選の決勝で苦渋をなめ、ミニ国体でも県ナンバーワンプレーヤーと称されながらも全くつかってもらえず、それでも腐ることなくアメリカへわたり短大でロスターに入ったとはいえ、そこでもまた差別され…… 4年制大学へトランスファー(編入)した途端にチームメンバーが発表され、トライアウトを受けることさえできなかった。
 例年であれば最低でも9月末のチームメンバー発表が、1ヶ月も早く発表されたことに愕然(がくぜん)とした一樹は、ここまで燃やし続けた炎が、ついに消えてしまった。

 彼は、もう疲れていた。短大のビレットカレッジでは、気にいらないことがあるとボールを叩きつけてコートをでていく選手が何人かいた。彼も何度思ったことか、説明を聞いていても、聞いていなかったといいがかりを付けられ、聞いたことを口にすれば、たまたまだと言われ、何度握りこぶしを押し殺したことか。
 穏やかな気持ちで過ごせる日は、一日としてなかった。
 それでも平等に扱ってもらうことさえできれば…… その思いだけでここまでやって来た。
 ロスでは専門学校時代の仲間が活躍している学校もあった。
 やはり、俺はここまでなのか、力もないのに、平等に扱ってもらえないことを理由にして、俺はまだ負けていない…… そう信じて、言い聞かせてここまで来たけど……  
 もう止めよう  
 これ以上は惨めだ

 山田一樹はアメリカの地でついに心が折れてしまった。

 彼を見守り続けてきた相良高校理事長の長瀬は、持っていき場のない苦渋に悔し涙を流した。

 長瀬は、アメリカの大学を卒業して帰国した彼が、AJBBA2部のチームで通訳として仕事を始めたことは知っていたが、まさか教師になろうとしているなどとは考えたこともなかった。
 長瀬が採用担当に、直ぐに採用決定の連絡を入れるように伝えると、慌てた担当は山田に連絡し、学校に来て欲しい旨を伝えた。

 そして二日後、彼が地元に帰って来た。

 10年ぶり、地元への帰還であった。
 直ちに、理事長室に通された彼は、何となく見覚えのある顔に少し安堵した。
「やっと、地元に帰ってくれるんだね、10年ぶりかな?」
「はい、ちょうど、来年の3月で10年になります……」彼は不思議そうな顔をしていた。
「私はね、中学校の時から君のストーカーをしていたんだよ」
「えっ、どういうことですか?」
「君のプレーが好きだった。君の華麗なシュートフォームが好きでね、切り込んだ後、打つのか、パスするのかわからない君のプレーが好きだったんだよ」
「それは、ありがとうございます。でも……」
「えっ、どうかしたのか? 遠慮しないで言ってくれ……!」
「せっかく採用決定の連絡をいただいたのに、それもこんなに早く…… でも実は、バスケットにはもうあまり関わりたくないんです。だからもし、私のバスケに期待されているのなら、ご期待にはお応えできないかもしれません」
「そりゃいいよ、そんなことはどうでもいい、差別されて苦しみぬいてここにたどり着いた山田一樹に、ぜひ、うち教師になって欲しいんだ。それだけなんだよ。ただ、1年は講師という立場になるが、1年後には必ず正式採用にするからぜひうちに来て欲しい。それからバスケットは、顧問だけはして欲しい。毎年1回戦負けのチームでいいよ。誰かが練習にはついていないと駄目だから…… 最初はテニス部にしようかとも考えたけど、いくらNCAAプレーヤーだからと言っても、教えるための基礎はないんだろ?」

実は、彼は子供の頃から、バスケットと同じくらいテニスが好きで、高校進学までは2頭を追っていたため、その腕前も相当なもので、短大時代から時間があればテニス部の連中を相手にゲームを楽しんでいた。
最後にトランスファーした大学で、相手がテニス部の副キャプテンと知らず、勝負を挑んだ彼は、遊びとは言え相手を相当に苦しめ、負けはしたものの非常に接戦であった。
そのテニス部の副キャプテンは直ぐに山田をチームへ誘い、弱小チームのディビジョンVではあったが彼はNCAAプレーヤーとしてデビューを飾り、その肩書を手に入れていた。

従ってプレーはできるものの、指導のための基礎は全く持ち合わせていなかったため
「はい、それは無理です」彼ははっきりと思いを伝えた。
「だから、バスケにしたんだ。だまって座って見ていればいい。君をずっと見てきた私にはよくわかるよ、君がもうバスケには燃えていないことがよくわかるよ……」
「わがまま言って申し訳ありません」
「とんでもない、山田一樹を迎えることができるんだ! こんなうれしいことはないよ。最初の年はレベルの低いクラスをもって欲しい。そこで苦しんでいる子供たちに人生を話してやって欲しい。絶対に彼らは救われるよ、君にはそれができる…… うちに来てくれるかね」
「はい、喜んで勤めさせていただきます」

こうして彼は通訳をしている間に取得した教員免許を持って高校の教師になろうとしていた。

ただ、他の3校にも願書を提出していた彼が、断りの電話を入れた時、いずれの学校もいい顔はしなかった。
中には、既にバスケの特待制度を検討している学校もあり、1年目から直ぐに正式採用にするから、と連絡をし直してくる学校もあった。

彼は、正直言って、教員免許は取得したものの、採用してくれる学校があるのだろうか、と不安であったから、この事態には驚いた。

数年前から、教員の不祥事が続いている県においては、何かが起きるたびに、
「今後はこのようなことが起きないように、研修を重ねるなど、喫緊(きっきん)の課題として取り組んでまいりたい」
教育委員会はこう言って同じお詫びを繰り返した。

しかし、実態を知る者は、そんなことではどうにもならない、あまりにも心の弱い教師が多い、と心で嘆いていた。

これは、決してこの県に限られたことではなく全国的な問題でもあった。

大学へ入ると、教員採用試験を目指して専門の塾に通い、ひたすら傾向と対策に取り組み、面接の練習をして日々を送って来た者達が、正式に採用され、いざ現場に出てみると、教科書論では対応できない多様化した現代の問題に直面し、経験も何の武器も持ち合わせていない彼らは迷路に入ってしまう。
そんな人があまりにも多すぎる。

もちろん、そこから頑張る者もいる。
冷静に自己判断して心を病む前に去って行く者もいる。
ただ、去る勇気もなく、迷路でさまよい続けている者達は、許されない所にそのはけ口を求めてしまう。

現場で懸命に頑張る教師たちにはそのことが十分にわかっていたが、世間やマスコミへの対応、あるいは議会答弁に日々追われる一部の連中には、その実態が見えていても、これまでの形をかえることはできなかった。
もうそんな不安定な時代が何年も続いている。

しかし、私立の学校はそうではなかった。
生き残りをかけた戦いが続いていく中で、彼らは、苦労した人間、逆境に屈しない人間、その経験の重さが人を育てる…… ということを理解していた。
当たり前のことであるのだが、それをわかって実行に移すことができるのはフットワークの軽い私立高校であった。

そんな状況にある私立高校の担当者が、山田一樹の経歴を見て動かないわけがなかった。まして応募者が少ない英語教員である、留学生活が彼の英語が本物であることも物語っている。
そんな中での断りの電話であったから、彼らの落胆は筆舌に尽くし難かった。

さらに、チームに置いても様々な課題があった。
チームのヘッドコーチに気にいられていた山田は、プレーヤー兼通訳として所得も前年の3割増しという好待遇での残留を提示され、困惑していた。
バスケチームの通訳というのは、英語が話せるということだけでは勤まらない、バスケを熟知している人間でなければ、コーチの思いを瞬時に伝えることができない。
山田はここが優れていた。1部を経験したことのあるこのヘッドコーチに言わせれば、山田の通訳は、1部にいるどの通訳よりも素晴らしい、引き受けるつもりのなかったこのチームを引き受けたのは山田がいたからだと言いきっていた。
加えて、時々練習を手伝う彼のプレーにも興味を持っていた。
「山田がいなくなるのであれば私も辞める」そういうヘッドコーチに彼も困惑を重ねた。
しかし、彼にはもうプレーヤーとして、やっていく自信はなく、いや自信というより炎は既に消えてしまっていた。
さらに通訳を続けるにしても将来的な担保は何もなく、加えて、あれだけ誘ってくれる長瀬を裏切ることは決してできないと考えていた。

だが、地元の地方紙やら、AJBBAのネットニュースでそのことを知った長瀬は山田に電話を入れてきた。
「山田君、私は待つよ、1年先でも2年先でもいいよ、待つよ。だから、吹っ切れていないものがあるのなら、思うようにしたらいいよ。私はプレーヤーとしての山田一樹に燃え尽きて欲しい」長瀬が言うと
「ありがとうございます。でも、プレーヤーとしてやっていくだけの思いはもう残っていないんです。4月からは新しい一歩を踏み出したいと考えています。理事長のように、本当に子供達のことを考えていらっしゃる方のもとで、働くことができれば、新しい夢を見つけることができるような気がしています。ですから、最初の予定とおり4月からお願いします」山田は答えた。

長瀬は、これまで何度も彼の苦悩を見てきたのに、痛いほど彼の悲しさが解っていたのに、たったの1度も手を差し伸べることができなかったという持っていき場のない空しさと怒りを消化することができず後悔の念をここまで引きずってしまっていた。
しかし、いつか、どこかで彼が幸せなんだということを実感できれば、自分は救われるのかもしれない、長瀬はそう思っていた。
何とか、ここで、この学校で、彼に新しい夢に巡り会って欲しい、長瀬は懸命に願っていた。
 


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