20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:水面(みなも)に落ちた小石 作者:此道一歩

第26回   坂道を下っていく夫婦
 彼は議員会館へ引き上げると、明日の朝一番、午前十時に幹事長の約束を取り付けた。

一方、栗山は吉田に幹事長へのアポを取るように命じていたのだが、彼女自身は斎藤グループがこれまでに民自党から煮え湯を飲まされたことがあっても恩恵を受けたことはなく、今後の支援は打ち切ってもかまわないと考えていた。

しかし吉田から連絡を受けた幹事長の第一秘書はさすがに栗山の噂を耳にしていて、彼女が社長から全権委任を受けていることも知っていた。

そのため、彼女の訪問を最優先で受け、その日の五時に議員会館近くの会議室で会うことを約束した。


挨拶を済ませた栗山が話し始めた。
「幹事長、私どもがこれまで支援させていただいた町野議員は、私どもの前会長秘書と共に、関連企業などからバックマージンを受け取ったり、寄付を無理強いしたり、この四年間で相当なことをなさっています。これが一覧表です。全て関係者から確認をとっております。私個人といたしましては直ちに損害賠償の請求を行いたいと考えておりましたが、社長の方から、一度幹事長にという指示がございましたので、取り急ぎご報告にあがった次第でございます」

「君は噂通りの切れ者のようだね、どうだろう一度だけ見逃してやってはもらえないだろうか?」

「申し訳ございませんが、それは困難と考えます」

「そうか、わしが頭を下げてもだめかね?」

「申し訳ございませんが……」

「そうかね、じゃあ斎藤グループは今後、民自党の幹事長を敵に回すということだね」

「幹事長、お言葉を返すようですが、斎藤グループは昨年の制度改正で一度煮え湯を飲まされたことがございます。が、これまで民自党から恩恵に預かったことは一度たりともございません。幹事長が敵になるとおっしゃるのであれば致し方ございませんが、斎藤グループに痛手を負わしても何の利もございません。幹事長ともあろうお方が利にならないのに無駄な労力をお使いになるとは思いませんが、それでも私どもはもし火の粉が降りかかれば全力で戦ってまいりますのでご理解をいただきたいと存じます」

「はははっはっ、大したもんだ、この私を相手にしても憶することなく、逃げ道がないように押し込んでくる…… 斎藤の若社長のことはよく知らんが、君を右腕としているのを見るだけでも相当な人物と見た。斎藤はまだまだ成長するなー、久しぶりに君のような人に会えてうれしいよ。どうせ、私がもうひと押ししても、君は組合が押している労働党の話を出すんだろ? 無駄なことは止めよう、どうすればいいんだ? 町野以外の者を公認すればいいのかな?」

「そこまでしていただけるのであれば、私どもは引き続き民自党の支援をさせていただきます」

「わかった、その代わり損害賠償の請求は止めてくれるね?」

「もちろんです。そこまで譲っていただいた幹事長のお顔をつぶすようなことは決していたしません」


 彼女が退室すると
「すごいのがいるなー、女にしておくのはもったいない」

「まだ五十前ですよ……」

「わしも総理になった時には彼女が欲しいなー、今の給料の倍払ってもいいがなー、何とかならんか?」

「斎藤グループの新社長は、相当な人たらしのようです。幹部連中のほとんどは彼に心酔しているらしいです。なかでも、あの栗山と言う社長秘書はアジアへ飛ばされそうになっていたところを新社長誕生とともに、部長クラスの秘書として、社長から全権を委任されたそうです。もうお金では動かないですね」

「そうなのか……」


翌日、午前十時に幹事長の所へやって来た町野は
「幹事長、斎藤グループなんですが、全くいうことを聞かないんですよ。民自党をなめていますよ。一発お願いできないですか?」

「はははっははっ、そりゃお前じゃ太刀打ちできんわな、私も昨日やられたよ」

「えっ、昨日、来たんですか?」

「ああ、やって来たよ」

「よく会いましたね?」

「そりゃお前、斎藤グループの支配人みたいな人間だ、会わないわけにいかないだろう、電話があって、秘書も断れなかったらしいよ」

「そうですか…… でも幹事長がやられるわけないでしょ……」

「いいや、完敗だったな、あれだけの人間はなかなかいない、私の片腕にしたいぐらいだ」

「幹事長、でも民自党をなめていますよ」

「なめているのは民自党じゃなくて、お前だよ」

「これを見てみろ……」

「訴訟にならないようにするのが精一杯だったよ、次の公認は無いよ」

「幹事長、助けて下さい、お願いします」

「難しいな、あの女とやり合っても一円の得にもならんし、たとえ勝ったとしてもこちらも相当な被害を被る。お前のためにそんなリスクは犯せない。斎藤グループとの和解がない限り、次の公認はないと思っていてくれ……」

「幹事長……」

「損害賠償の請求がないだけでもありがたく思いなさい!」


「くそー、どうすりゃいいんだ……」部屋を出て一言呟いた彼は家へ向かった。


「あなた、どうなさったの?」主人の打ちひしがれた様子に妻が尋ねたが
「……」彼は顔をしかめたまま返事をしない。

「あなた……」

「斎藤グループにやられた……」

「えっー、どういうこと? 支援母体でしょ!」

「ああ、だけど……」

「会長秘書の町田さんはどうしたの?」

「新社長が就任して社長秘書の栗山っていう女が全権を委任されて動いている。町田は資料室で飼い殺しだ……」

「えっー、それでどうしてあなたまで……」

「あの町田の口車にのって、寄付金を結構無理強いしたし、バックマージンもかなりもらった」

「あなた、何でそんなこと……」

「最初は知らなかったんだ、途中でわかったけどもう遅かった……」

「でも、斎藤グループだったら、まだ可能性があるわ。私ね、会長の奥さんと顔見知りなのよ、あの人のいい奥さんを丸め込めば何とかなるかもしれない」

「えっ、そうなのか、頼むよ、直ぐに行ってくれるか?」彼は一瞬、光が見えたような気がしていた。

「もちろんよ!」


電話で四時に約束をした町野正子が斎藤邸を訪ねると、約束通り玲子が待っていた。

彼女は全ての事情を説明し、会長秘書だった町田に騙(だま)されていたのだと説明した。

寄付金については、確かに強引にお願いしたこともあるが、決して脅かしたりはしていないし、バックマージンについては、町田と主人が山分けしたことになっているが、主人は食事の接待を受けた程度で、バックマージンのこと等聞いたこともないのだと説明をした。

「それはお気の毒ねー、何とかしないとね、ちょっとお待ちくださいね、息子の嫁に相談してみますから…… 理穂さんを呼んで下さる?」

(そんなわけないでしょ)彼女はそう思っていたが、近くにいたメイドに依頼すると、しばらくして理穂がやって来た。
 
彼女を一目見た正子は、心臓が止まるのではないかと思うほどの衝撃を受け、生唾を飲み込むとすぐに顔を伏せたが、意を決して再び顔を上げると
「先日は失礼しました。私はただ保育園のことを思って…… 本当に申し訳ありませんでした」彼女は深々と頭を下げた。

「いいえ、とんでもないです。あんなことは全く気にしていませんから……」

「何かあったの?」玲子が静かに尋ねた。

「いいえ、そんな大したことじゃないですから…… それよりどうかしたんですか?」

「あっ、そうそう、こちらが町野議員の奥さんだってことは知っているでしょ?」

「はい、何度かお話しもさせていただきましたので……」

「それがね、斎藤グループから来年の選挙では支援しないって言われたらしいの……
町田に騙されていたんですって…… どうしたらいいかしらね?」

「うーん、お義母さん、私も会社のことはよくわからないですけど…… でも、それは栗山さんが会社として結論を出したことですよね。その結論に対して私達、私人が意見を言っていいんでしょうか? なんか、栗山さんに失礼な気がするんですけど…… 」
 
「そう言われればそうねー」

正子はこの様子を祈るような思いで見つめていた。

「会社は、会社、私たちは私生活においては会社とは無関係なんだから、もし騙されたとおっしゃるのであれば、それは誠意をもって会社に説明すれば、わかってくれるんじゃないですか?」

 理穂は正子に促すように言った。

「そうね、理穂さんの言うとおりね…… 町野さん、私たちではお力になれないわね、理穂さんが言うように、会社に誤解があるのであれば、会社に対して説明するべきね」
玲子も静かに正子に向き合った。

「あなたは私が言ったことを根に持っているんですね、だから力になってくれないんですね」
彼女は理穂を見つめたまま訴えるように話した。

「奥さん、お気持ちはわかりますけど、あなた方ご夫婦が選んだ道ではないのですか?」

「どういうことですか?」

「初当選の頃は、頭も低く、地域の方々にも細心の気配りをして、素晴らしいご夫婦だと伺ったことがあります。それが最近では、病院へ行けば横の入り口から診察室へ入り、最優先で診察を受ける、どこへ行っても待つことが嫌いで、ご主人の名前を出して平気で横入りをする。自分に対して気を使わない人を忌み嫌う。ご主人も最近では実った稲穂が天を向いてしまって、異見を言う者は容赦しない…… 会社へも相当に横柄な態度で来られるらしいですよ……これでは人としての道は閉ざされてしまいますよね」


彼女が屋敷を出た後、
「騙されていたなんてね、そんなわけないでしょ!」

「お義母さん……」

「あっ、そうそう何があったの?」

「あの人は私たちが徒歩で通園するのがお気に目さなかったみたいです」

「えっ、高級車じゃないとダメだって?」

「はい、さらに、みすぼらしい服装の母親が、明麗(めいれい)保育園の制服を着た子供を連れて歩いていたら保育園の品格に関わるって……」

「なんて人なの……」

「反論したら、国会議員、町野さんの奥様に失礼でしょって取り巻きの一人に言われたから、何が失礼なのかわかりませんけど、私はご主人には一票を入れたくありませんって言ったら署名を集めるとかなんとか言いだして……
園長先生の所へも言った筈です。この前、気にしないでって言っていましたから……」

「そうなの…… あなたよく平気で話できたわねー、私がそのこと知ってたら、噛みついていたでしょうね」
玲子はかなり憤慨しているようだった。


その翌年の四月、理穂は男子を出産した。
出産前から、綾の世話やら、理穂の心配やら、昔とは異なる気ぜわしさに玲子は幸せを感じていた。
この頃から玲子の真一に対する態度も一変し、理穂はまた園長が何か言ったのだろうかと微笑んでいた。

一方十月の選挙に向けて最後までもがいた町野は、わずかに残ってくれた父の代からの後援会メンバーの提案によりひそかに労働党への鞍替えの話を進めていたのだが、労働党執行部が最後の最後に斎藤グループの組合を通して栗山に意見を求めてきたので、彼女は
「当選後に逮捕されたら洒落にもならないでしょ」と答えた。
このため、この話は白紙撤回となった。 


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 2776