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作品名:水面(みなも)に落ちた小石 作者:此道一歩

第25回   町野衆議院議員
 町野一郎が斎藤グループを訪ねたのもその日の午後であった。
町野の第一秘書は、斎藤グループにアポの電話を入れた時に会長秘書の町田が異動になったことを聞き少し違和感を持ったが、新社長の就任のことは知っていたので、さほど気に留めることもなかった。

まだ三十歳過ぎのボンボン社長など、平身低頭して議員を迎えるだろうと安易に考えていた。

「おい、時間は言っているんだよな、誰も迎えが出ていないじゃないか! 」
入り口前に車がさしかかり、誰もいないことに気づいた町野が投げ捨てるように言った。

「はっ、申し訳ありません。何か手違いがあったのかもしれません」

「全く、何やってんだ、この会社は、秘書室長は誰なんだ?」

「はい、吉田と言う、アジア支局から帰って来た者です」

「海外にいて、私が幹事長の右腕だということを知らないんじゃないのか?」

「はあ、申し訳ありません。詳しくは話していないもので……」

「まあいい、ボンボンに一発かましてやろう」

そんな話をしながら、建物に入ると、ロビーで待っていた吉田が彼らを迎えた。
「ご苦労様です。秘書室長の吉田と申します」

「おい、こんな失礼なことはないだろう! 外で出迎えなかったのは初めてだぞ!」

「申し訳ございません、ちょっとトラブルがございましたもので…… 」

「まあいい……」


七階の応接室に通された彼は、そこにも誰もいないことにまた腹を立てた。
「どういうことだ、何故誰もいないんだ、町野がわざわざ来ているんだぞ、誰も控えていないなんてどういうことだ!」

「直ぐに社長秘書が参りますので……」

しばらくすると、社長秘書の栗山が入って来た。
「お待たせいたしました。社長秘書の栗山でございます。どうぞ……」

「社長はどうしたんだ……」

「社長は、所要がございまして、私がお話しをお伺いいたしますので……」

「なんだと、私を馬鹿にしているのかね、衆議院議員 町野一郎だぞ、幹事長の右腕と言われている男だよ、その男を秘書が相手にするのかね」

「私ではご不満でしょうか?」

「君は社会というものが解っていないのかね、社長がだめなら、せめて専務か常務が出て来るべきだろう、それが政治家に対する礼儀と言うものだよ」

「わかりました」

部屋を出た吉田室長が直ぐに常務に連絡を取って栗山に目配せした。
「常務がお会いするとのことですので、どうぞ、常務室の方へ」

「なんだと、私が行くのか?」

「はい、お願いします」

「まあいい、この会社はどうなっているんだ、若い社長には荷が重いんじゃないか?」


常務の部屋へ入ると
「常務、久しぶり、元気にしてましたか?」
上から目線で町野が右手を差し出したが、常務はその手を取らずに

「まあ、どうぞ」そう言ってソファへの着座を促した。

「常務、びっくりしたよ、町野が三期の実績をぶら下げてわざわざ挨拶に来たのに、社長はいないし、秘書が私の話を聞くというし、この会社はどうなっているのかね、ボンボンの新社長には荷が重いんじゃないのかね……」

「いえいえ、新体制になって、今、栗山が足場固めをしているところなんですよ……」

「……」

「お恥ずかしい話ですが、以前の会長秘書のように好き勝手をしていた社員もいましてね、栗山がやっと害虫駆除を終えて、新体制を確立しようとしているところです。それができれば、専務と私もやっと引退できます。首を長くして待っているんですよ」

常務が他人事のように話すと
「あの秘書はそんなことをやっているんですか?」慌てた町野が尋ね返した。

「ええ、社長から全権を委任されていますから、いまや会社のナンバー二ですよ…… いや社長も彼女には逆らわないのでナンバーワンかもしれないですね」

「それは失礼なことをした。直ぐにもう一度話がしたい、連絡してくれるか?」

「いいえ、それはご自分でなさって下さい。彼女は忙しい人間ですから私からは無理を言いたくないんですよ」

「常務、私に対してそういうことを言うんですか?」

「もうお引き取り下さい……」常務は静かに冷たい視線を彼に浴びせた。


「直ぐに電話しろ、ふざけやがって……」部屋を出た町野は吐き捨てるように言った。

『もしもし、町野の秘書ですが、もう一度栗山さんにお会いしたいのですが……』
『栗山は既に次の接客をしていますので、もう時間をお取りすることはできません』
『何を言っているんですか? 町野がお会いしたいと言っているんですよ、直ぐに時間を作って下さい』
『それは難しいです』
「ちょっと代われ…… 」『町野だ、社長秘書ともう一度話がしたい』
『先ほども申し上げたのですが、栗山は既に次の接客をしていますのでもう時間は取れません』
『何だと、この町野を愚弄(ぐろう)するのか?』
『どう思われてもかまいませんが、最初に栗山を拒否されたのはあなたでしょ。栗山は忙しいのにあなたが来るからということで、わざわざ時間を割いたのですよ、でもあなたは彼女を拒否して常務がいいとおっしゃったから、お望みどおりにしました。何の不満があるんですか?』
『それは、お前、彼女が全権委任されてるなんて知らなかったんだから仕方ないだろう』
『あなたは支援母体の事情も知らないまま乗り込んできたんですか。関係者は皆さんご存知のことですよ』
『何だと、下手に出ていればいい気になって、この私を怒らせるんだな!』
『もう忙しいので切りますよ、前会長秘書があなたとグルになって、下請けやら関連会社に無理強いしてきた寄付金やら、バックマージンやら、今聞き取りをしているところなんですよ。次から次へと大変なんですよ、来年の総選挙は頑張って下さい』
『ちょっとまて…… くそっ、切りやがった』
「先生、どうしたんですか? 何か様子がおかしいですね……」

(これはまずいなー、町田だ、そうだ町田に会ってみよう)
「おい、町田はどこに異動したんだ? 直ぐに調べろ」

「はっ、あのすいませんが……」
第一秘書は通りすがりの男性に声をかけた。

「何でしょうか?」

「以前、会長秘書をされていた町田さんはどこへ異動されたのでしょうか?」

「あっ、彼でしたら、そこのエレベーターで地下へ行かれたら、資料室がありますので、そこの室長をしています」トイレに向う途中の和也が答えた。

「ありがうございました」

和也は親切にエレベーターのスイッチを押し、彼らが乗るまで開放を維持したが、町野は見向きもしないで、もちろん頭を下げることもなくエレベーターに乗り込んだ。
彼は ( 衆議院議員の町野だな…… 何していたのだろう……) そんなことを思いながらトイレに向った。

一方、地下へ降りた町野は資料室のドアをノックすると、返事のない部屋へ入って行った。そこには机に向かったまま、座ってこちらを見ている町田がいた。

「おい、会長秘書、何があったんだ! こんなところで何しているんだ……」と声をかけると
はっと気が付いた町田が、
「先生、久しぶりです。来年の足場固めですか?」尋ねたが

「そう思ってきたのだが、様子が変わってしまって、どうなっているんだ……」町野は途方に暮れているようだった。

「ごらんのとおりですよ」

彼は、事のいきさつを一部始終、町野に話した。

「まいったなー、私も社長不在で秘書が出てきたから、常務のところへ行ったら、あの社長秘書が全て仕切っているって言われて驚いたよ。もう一度会いたいって言ったのに電話を切りやがって、ふざけているよ。思い知らせてやるよ」

「どうやって思い知らせるんですか?」

「何か弱みは無いのか、何かあればお前だって何とかしてやることができるぞ……」

「私が知っているのは、あなたと私の悪行だけですよ……」

「おい、俺は何もしていないぞ!」慌てて町野が否定する。

「今さら何を言っているんですか、往生際が悪いですよ……」

「おい、この弁当のからは何だ? こんなものを食べているのか?」驚いた町野が尋ねた。

「笑われるんですよ……」

「えっー、誰が?」

「外で飯食っていると、周囲の奴らが私を見てこそこそ言って、あざ笑うんですよ……」

「それは考え過ぎだろう」

「いいや、周りの者は笑っているんですよ、だから朝、会社に来る途中で弁当買って、ここに来たら、もう外には出ないんですよ。こんなことなら、アジアの方がまだよかったですよ……」

「そうか、お前がそんなことを思うなんて……」

「あの女をなめるととんでもない目に合いますよ、とことん来ますよ、地の果てまで追いかけてきますよ……」

「わかった、幹事長に出てもらうしかなさそうだな……」

「あの女はそんなに甘くないですよ、彼女をなめていたらほんとに足元をすくわれますよ……」

「たかが社長秘書じゃないか、幹事長が電話一本入れればびびるだろう」

「どうですかね、まあお好きにどうぞ、私はここでおとなしくしている限り個人的な賠償請求をされることはありませんが、あなたはわからないですよ、私のやったことは全て調べ上げていますからね……」

「まあいい、元気を出せ、その内に何とかしてやる……」

「ありがとうございます。期待しないで待ってますよ……」


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