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作品名:水面(みなも)に落ちた小石 作者:此道一歩

第23回   斎藤家を演出する人
 その日、三時に綾を迎えに行った理穂は、園長に招かれ部屋に入った。

「どうですか? 少しは慣れましたか? いろいろなことがあったから大変だったでしょう。だけどあなたを見ていると大丈夫っていう感じがしますよ」

「あっ、ありがとうございます」構えていた理穂だったが、思いもよらない園長の言葉に彼女は慌てた。

「一部のお母様方の中にはあなたが徒歩で通園することを快く思っていない人がいるようですが、気にすることはないですよ。あなたと綾ちゃんが手をつないで楽しそうに通園してくる姿をよく見ますが、あなたの深い愛情が伝わってきます。綾ちゃんが明るくて朗らかなのがよくわかります。私はあの光景を皆さんに見て下さいって言っているんですよ」

「えっ、そうなんですか」

「そりゃそうですよ、あんな幸せそうな親子の姿はないですよ」

「ありがとうございます」

「それからお姑さんも、最近は元気そうで何よりですね。先日、綾ちゃんの入園のことでお越しになられて、久しぶりにお会いして、うれしかったです。あなた達のおかげでしょうね……」

「いえ、そんなことは……」

「和也さんやエリカさんの頃からのお付き合いなんですよ」

「はい、和也さんから聞きました」

「和也さんがここに初めて来たのは、確か三歳だったかな、実のお母様を亡くされて、玲子さんはまだ大学生だったかしら、周りのお母さん方から一生懸命に話を聞いて、頑張っていましたよ。玲子さんは、和也さんを穏やかにと言うのか、おおらかにと言うのか、上手く言えないですけど、何か心を大事にする子に育てようとしていましたねー、私は玲子さんとちょうど一回り歳が違うんですけどね、当時はよく一緒にお話しをしました。結婚の相談を受けた時は驚きましたけどね」

「えっ、園長先生は結婚した理由をご存知なんですか?」

「ええ、もちろん、ご主人は私の同級生なんですよ、私は二人から相談を受けましたよ」

「あっ、ちょっとすいません、お義母さんが心配するといけないのでメールだけ入れておきます」

「そうね、青い顔して飛んで来たら困るものね」

「はい、すいません。でも斎藤の家では、義父もエリカさんも、お義母さんが和也さんのために結婚したと思っているみたいです。それを聞いて私はお義母さんの人生が気の毒になりました……」

「もう時効だからお話ししますけどね、どちらも魅かれていたんですよ、真一さんは男のくせに優しい人でね、けなげに息子の世話をしてくれる玲子さんに心魅かれていたんですよ。好きになるって言うのはああいうことなんだろうなって思うんですよね。何が好きなのって聞いてもわからないんですよ、顔でもない、スタイルでもない、まして性格なんてきつい人ですからね、玲子さんは…… だけど一回りも歳下の女の子ですよ、それでも好きになったんだからどうしようもないですよね。だからプロポーズしなさいって言ったのよ」

「そうなんですか、すごい、初めて聞きました」

「それで玲子さんの方は、確かおじいさまから、自分の人生を探しなさい、縛られることはないって言われて、出て行こうと考えていたのよ」

「えっ、魅かれていたのにどうしてですか?」

「彼女は、自分のような施設で育った人間が、和也さんの母親になったり、真一さんのように社会的地位のある人の奥さんになってはいけない、和也さんや真一さんがいやな思いをすることがあるかもしれないって考えていたの……」

「そうですか…… そんな思いが生まれるんですね」

「だけどね、そんなこと抜きでどうなのって聞いたら、和也さんの母親になりたい、真一さんの妻になりたい、お祖父ちゃんだってガンを宣告されていてそんなに永くないのに最期まで面倒見てあげたいって言うのよ」

「やっぱり…… 私もお義母さんはお義父さんに魅かれていたんじゃないのかなって思っていたんです。」

「そうなの? それが解るってすごいわね……」

「そんなことはないんですけど…… 確かにお義父さんに対してはきつい言い方をするんですけど、ほんとにいやだったら、言い方の質が違うって思うんです。あれはお義父さんが受け入れてくれることがわかっているからだと思うんですよ」

「あなたはすごい、静かで穏やかで、おっとりしているように見えるけど、実は鋭く賢い女性ね……」

「えっー、それは褒められているんですか?」

「もちろんよ、何となく昔の玲子さんを思いだすわ……」

「そんなー、あっ、それで園長先生はなんて?」

「そりゃ、あなた、愚かだって言ったわよ、真一さんと和也さんを馬鹿にしているって言ったの…… 」

「えー、どうしてなんですか?」

「和也さんが大きくなって、自分の母親が施設で育ったんだって知って、彼がそのことを嫌がる、そう言っているんでしょ? 和也君はそんな大人になるのって聞いたのよ、真一さんだって同じ、その愚かな考えのためにお祖父ちゃんまで入れて四人が不幸になるかもしれない、だけどその愚かな考えを捨てれば四人は家族になれる、幸せになれるって言ったら微笑んで帰って行ったわ」

「ありがとうございます。園長先生のおかげなんですね……」

「だけど、一つだけ忠告したの『あなたは気持ちを殺したり、遠慮したりしないで思ったことを言いなさい、真一さんは絶対にそれを受け止めるし、それが彼の幸せだし、彼の愛なんだって……」

「すごい、なんかすごいですね、でも私にはちょっと難しいです」

「あなたは正直な人ね、言った本人もよくわかっていないのよ」

「えっー」

「だけどね、玲子さんがあの家で幸せになるためには、何かを我慢したり、周りに気を使ったりするべきじゃないって思ったのよ、だから後は真一さんに、何があっても受け止めなさいよっ、一回りも若い奥さんをもらうんだからって言い聞かせればいいと思ったの」

「ほんとに尊敬します。お義母さんがここの保育園じゃないとだめって言ったのが解ります。何よりうれしいのはお義母さんが幸せだったことがわかったことです。ほんとにありがとうございます」

「その時にね、真一さんに作ってもらったのが、あそこにある総合遊具なの、昨日電話があってその遊具を作り替えるんだって…… 昔の時は、お礼しなさいよって恩着せがましく言ったけどね、今回は何も言っていないのよ、でも綾ちゃんが錆で手でも切ったら、玲子さんに何言われるかわからないからって言ってた。楽しい夫婦でしょ……」

「園長先生に言われてわかりました。あの二人はほんとは楽しい夫婦なんですね、うれしいです。それからもずっとお付き合いいただいているんですね」

「そうなのよ、ついでにもう一つ教えてあげる……」

「えっ、何かまだあるんですか?」

「そんな大したことじゃないんだけどね、ある日、真一さんが来てね、玲子さんにもう少しおしゃれをして欲しいって言うのよ……」

「えっ、もっときれいに着飾れってことですか?」

「まあ、そうなんだけどね、社長の奥さんともなると、色々なところへ顔を出すことになるでしょ……」

「ああ、それはそうですよね」

「だけどね、彼女は大学時代から子育てしているんだから、外見を飾るなんてことには全く興味がないのよ、あんな美人なのに、化粧もしないし、せめてもう少し、と思って真一さんが泣きついてきたのよ」

「えっ、でも……」

「だから、私が一枚かんだのよ……」

「へえー、すごいですね、化粧しなさいって言ったんですか?」

「そんなこと言っても聞かないわよ、だからね、男の子はきれいなお母さんだとうれしいのよって言ったのよ……」

「上手い、園長先生、天才ですね」

「そうでしょ、そしたら翌日から、お化粧だけでなく、服やバッグにも気を使いだして、その内にはエステにまで通って、正直、羨ましかったわよ…… もともと、きれいな人だから、磨けばすごいことになったのよ、今だってとても五十には見えないでしょ、どう見ても四十前後よね、」

「そうですね、すごいですよね」

「一番喜んだのは真一さんなのよ、お礼に来て何作ろうかって言うから、いいって言ったんだけど、その時に作ったのが、あのプール…… 」

「お義父さんも面白いですね……」

「そうなのよ、何かあるたびにここに来て、そのたびに何かつくって、ここの遊具はほとんど彼が作ったのよ」

「はははっはっ、それだけお義母さんを愛していたんですね……」

「だけどね、和也さんが出て行ってからの四年間は大変だったのよ……」

「そうでしょうね、エリカさんからも聞きましたけど、驚きました」

「もう、毎週やって来て、『はあー』ってため息ついて、激しい時には二日おきに来て『はあー』って、もう私も参ってしまって、暗くなるから来ないでって言ったら、『そうね、ごめん』っていって帰ったかと思ったらまた次の日に来て…… 一番玲子さんらしくなかった時期ね」

「ご迷惑おかけしたんですね」

「いいんだけどね、前へ進もうとしないのよ、だから最後には園長先生が乗り出したのよ」

「えっ、ひょっとして、お義母さんが寝込んでいたのは……」

「そう、私の作戦…… 寝込んだら絶対にエリカさんが動く、彼女が動いたら和也さんも絶対に一度は帰ってくる…… 帰ってきたら有無を言わさず一緒に住んでもらう…… 私のシナリオ通りよ…… 」

「ほんとにすごい、すごいとしか言いようがないです。まさか、お義父さんも丸め込んでいた訳では……」

「丸め込んだわよ、もし帰ってきたら勘当のことは絶対にとぼけなさいって、何があっても一緒に住むのよ、玲子さんを愛しているのなら死ぬ気で頑張りなさいって言ったのよ」

「はあー、なるほどそう言うことですか、全て上手く行き過ぎているなとは思ったんです。そう言うことだったんですか? 斎藤和也の帰還を演出した人がいたんですね、ほんとに恐れ入りました」

「あらら、玲子さんが来たわよ」

「えっ、わっ、もうこんな時間! 今日はとても楽しかったし、ありがたかったです、本当にありがとうございました」

「あなたにはね、あの斎藤の家の歴史を知っておいて欲しかったの…… でもあなたとお話しするのはとても楽しい、これからも仲良くしましょうね」

「こちらこそよろしくお願いします」

「でも、今日の話は二人だけの心に留めておきましょうね」

「ちょっと、二人で私の悪口を言っているんじゃないでしょうね」
園長室に入って来た玲子が二人を見つめて微笑んだ。


帰宅した理穂が
『栗山さん、お忙しいところすいません。もし衆議院の町野一郎ににらまれたら、斎藤グループは困りますか?』電話で尋ねると

『全然困りません、睨まれて困るのは向こうの方です。何かあったのですか?』栗山が尋ね返してきた。

『いいえ、大丈夫です。保育園のことなので、気にしないでください』

『奥さん、申し訳ないのですが、お話しだけ聞かせていただけませんか。
実は来週あたり町野がわが社にくることになっているのですが、どうもここ最近、以前の会長秘書と上手くやっていたこともあって、無理難題を押し付けてきていますので、ちょっとお灸を据えようかと思っています。
場合によっては他の候補者の検討もしたいと思っていますので、できれば奥さんの情報もいただきたいのです』

『わかりました』
理穂が全てを話すと

『そうですか、やはり夫が変わると妻もそんな風になってしまうんですね、初当選の頃とはえらい違いです。奥さんと綾ちゃんの私生活に口を挟むつもりはありませんが、何かあれば必ずご連絡下さい。私はあくまで町野一郎個人に向き合いますので……』
 


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