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作品名:水面(みなも)に落ちた小石 作者:此道一歩

第14回   第四章 和也の帰還 【会長秘書の思惑】
翌日午前十時、和也は理穂と綾を伴ってタクシーで実家に向かった。
 
車から降りた彼に向かって
「ここなの?」見たことも無いような大きな屋敷の門前に立って、理穂が驚いて尋ねると
「そう、俺の実家なんだ、ごめん……」
「ごめんって…… 何なのこの家…… 」立ち尽くしたまま呆然としている理穂に
「入ろうか」彼が彼女の背に手をあて軽く促して門の中に入ると、直ちにガードマンがやってきた。
「どちら様でしょうか?」
「この家の長男です」
「失礼しました、どうぞお入りください」
ガードマンが、頭を下げて道を開けたとき
「ちょっとお待ちください、和也さんですよね」
(こんな時に帰って来させて、たまるか!)

「そうですが、あなたは?」

「会長秘書をいたしております町田と申します。申し訳ないのですがあなたをこの家に入れるわけにはいきません。会長から厳しく仰せつかっていますので!」
 冷たく機械的に話す彼の表情は少し青ざめているような印象を受けた。

「そうですか…… でも今日は母の見舞いに来ただけなんですけど……」
自分の家に入るのを他人に阻止されるのも変な話で、和也は少し腹が立っていたが
( この人が栗山さんの言っていた会長の秘書か! 好き放題やっている奴か! )そう思って冷静を装った。

「それでもお通しするわけにはいきません」秘書は少し語気を強めた。
(絶対に入れない!)

「それは困りましたね…… 自分の家に入るのを他人のあなたに阻止されるのも変な話ですよね」
「どうかお引き取りください」彼は引く気は無いようだった。

「せっかくここまで来て、他人のあなたに阻止されて引き下がるわけにはいかないですよ」

「お帰りいただいて!」
彼はガードマンに目配せして和也を門の外に連れだすように命令した。

「あなたたちは誰に雇われているんですか?」
ガードマンが彼を門の外へ促そうとしたとき、彼は静かに尋ねた。

「この家の方です」
「この秘書の方に雇われているわけじゃないんですか?」
「それは違います……」
「私はこの家の若奥さんに呼ばれてきたんですけどね」
「……」
 理穂はこのやり取りを心配そうに見つめていた。
「早く帰ってもらいなさい」
会長秘書が声を荒げた。
(ふざけやがって、お前を次の社長にするわけにはいかないんだ。あと少しなんだ。絶対に入れないぞ!)

その時だった。
「兄さん何してるの?」
兄を目にした妹のエリカが慌てて出てきた。

( えっ、『兄さん』って…… )
エリカを一目見た理穂は、目を見開いて驚いた。一瞬、頭の中が真っ白になったが、
( 妹だったのか…… ) 瞬時にこれまでの流れを整理してみると
( なるほど…… 様子を見に来ていたのか…… )
 そこにたどり着いてしまうと、不思議と心が穏やかになって口元が緩んでいた。
 結婚して綾を授かっても、心のどこかに何かが引っかかっていたのかもしれない。

「いや、この秘書の人が『入れることはできない』って言うもので……」
「はぁー? あなた、何様なの?」驚いて目を見開いた彼女が、腕組みをして町田を睨み付けると
「会長から言われていますから……」少し困惑したように町田の答えがフェードアウトしていった。
「何ですって、会長から兄を家にいれるなって言われているの?」
「はい、それにちかいようなことを……」
「会長は兄が帰ってくるのを楽しみにしているのよ! よくもそんなでたらめが言えるわねっ!」
「それでは会長に確認させていただきます」
「何を言っているの、そんな必要はないわ!」
「そういう訳にはいきません、私は秘書ですから……」
「何が秘書よ! 秘書がこの家まで仕切らないで! この人には屋敷から出ていってもらって!」

彼女が語気を強めてガードマンの方を向くと、この町田のことが嫌で仕方なかった二人のガードマンは、「待ってました」と言わんばかりに彼の背中を押して外へ連れ出そうとしたが

「何を言うんですか、私は会長の命令でここにいるんです」懸命に食い下がる。
「あなたはバカなの! その会長が出て行けって言ってるのよ、早く出て行って!
 二度とここには来させないで!」
 滅多に見せないエリカの激怒に
「はっ」 二人のガードマンが再び町田を門の外へ連れ出そうとした。
「後悔しますよ、いいんですか?」町田は意味ありげに苦笑いをした。
「あなたはそんなに偉いの? できるものならさせて見なさいよっ!」

彼が門から出て行くのを確認すると、
「ごめんなさいね、妹のエリカです」彼女は兄嫁に微笑んだ。
「いえ、とんでもないです。妹さんだったんですね。最初は彼女かと思っていました」
「えっー、何度かお邪魔したのに、黙っていてごめんなさいね……」
「あっ、ネエネエ!」娘の綾がエリカに気がついて喜びの声を上げた。
「綾ちゃん、こんにちは、お姉ちゃんのことを覚えていてくれたの? とても嬉しいわ」
「ネエネエ、大好き」


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