七月の初め、和也もまもなく三二歳になろうとしていた。 理穂と二人、誕生日の話で盛り上がっていた時、突然のエリカからの連絡に彼は驚いた。
『兄さん、ママが寝込んでしまって! もう私じゃどうにもならない…… 』 『えっ、どこか悪いのか?』 『わからない、病気じゃないと思うけど…… 綾ちゃんに会いに行ったらって言っても、笑うだけで、なんかもう気力が無いというか、食事もあまり取らないし、部屋からもあまり出てこないでベッドに伏せたまま…… 一度帰ってくれない?』 心配そうに話すエリカに
『わかった、早めに顔出すよ……』 ( 母さんの体調が悪いんじゃ仕方ない! いよいよか…… )
和也はいつか理穂に家族の話をしなければならないと思ってはいたが、積極的に動こうとは考えていなかった。流れがそうなれば仕方ないが、可能な限りこの生活を続けて行きたいと願っていた。 しかし既に流れが変わり始めていることを彼は痛感していた。
『家族も連れてきてよ』 『そうだなぁ、いつまでも黙っているわけにはいかないよな…… 少し考えさせてくれ!』
( 家族を連れて行けば、何かが変わってしまう…… 一人で行くか? 理穂に内緒にして一人で行けばどうなるんだ…… 何もなかったような顔して、このままこの生活が続くんじゃないのか…… ) 何かが動き出していて答えはわかっているはずなのに、今のこの生活に未練のある和也は、何とか理屈をつけて自分を納得させる道がないか、懸命にもがいていた。
その翌日のことであった。
十時前に斎藤グループの栗山総務課長から電話が入り 「トラブルが発生して、総務課の社員は全員お昼を食べに出る時間がないの、十一時半でいいから、十人分適当に焼いて持って来てもらえないかしら……」
基本的に配達はしないのだが、和也はこの栗山の思いに応えた。  
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