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作品名:愛していたのかどうかわからない 作者:此道一歩

第5回   魅力的な女(ひと)
 一方、その翌日、祖父に連れられ会社を訪れた信也は、社長室で話した後、若い女性秘書に連れられ、略礼服にスーツ、若者向けのカジュアル等、次々と買い物に連れまわされ、その値札にため息をつくばかりであった。

 お昼、信也はファーストフード店で、向かい合って食事をしながら、目の前で微笑んでくれる美しいお姉さんに魅せられていた。
「仕事中なのに、すいません」

「全然大丈夫ですよ。デスクに座っているより、よほど楽しいですよ」

「そっ、そうなんですか……」

「そんなに緊張しないでくださいよ。私はあなたの世話役なんですから……」彼女が微笑むと

「正直言って、参っています」

「えっ、どうしてですか?」

「だって、昨日のお昼過ぎまでは何も知らなかったんです」

「えっ、社長のこと?」

「はい、子どもの頃から父親のことは何も知らなくて、父親が東栄大学の出身だったってことを聞いて、伯母から、そのことだけを聞いていて……」

「それで、東栄を受けたのですか?」

「はい、試験が済んだら、母親が行きたいところがあるって…… それで急に青山の跡取りだなんて言われて……」

「確かにね、でも、運命って言うか、宿命って言うのか、よくわからないけど、そんなことってあるんじゃないですか。仕事が決まらなくて困っていた時に、ふとしたことから道端で苦しんでいた人を助けたら、その人が大企業の社長の奥さんで、その縁で採用してもらって、すごく生きがいのある仕事につくことができて…… 生まれて初めての幸せに巡り会った、とか……」

「そっ、そうですか…… なんかおとぎ話みたいですけど」

「そんなことないですよ、あなたのお祖母様を助けたのは、お墓だったですけど……」

「ええっー、本当なんですか」

「あなたのお祖母様が、お墓でつまずいて、倒れていた時に、肩を貸してあげて駐車場で待っている車に連れて行って上げただけで、私は今の職についたんですよ」

「そっ、そうなんですか、あっ、ありがとうございます」

「ははっはは、お礼を言いたいのはこちらの方ですよ。青山グループの秘書室、それも社長の第2秘書、私はまだ23歳、あり得ない処遇ですよ」

「そっ、それは良かったです」

「でもね、あなたが戸惑っているのもわかるりますよ。突然、何千億もの資産家のたった一人の跡取りだなんて言われても、何をすればいいのか、わからないですよね」

「そっ、そうなんです。もうどうしようかと思って……」

「今日の買い物だけで、もう30万円を超えていますよ。でも、それは社長の思いなのですよ。社長は、向こう1年を見通して、必要なものではなくて、必要かもしれないと思われるものを全て買って上げて欲しいって……」

「値札を見るたびに心臓が止まりそうです」

「わかりますよ、でも、自分を見失わなければ、それでいいんじゃないですか…… 実ほど頭を垂れる稲穂かな……」

「全然、実っていないんですけど……」

「そう言うことではなくて、誰もが羨むような立場になったわけだから、誰もが腫れ物に触るようにご機嫌を取りにくると思いますよ。例えば、あなたが何かの絵を見て感動するとしますよね、今までだったら、『全然大したことないよ』って言っていた人も、『そうですね、いい絵ですよね』って言うようになりますよ」

「でも、俺自身は何も変わっていないんですから……」

「それはあなた側の理論ですよ、あなたの前に立つ人は必ずあなたの後ろに青山グループを見るようになりますよ」

「そういうものですか……」

「場合によっては、あなたの間違っていることさえ、肯定されてしまいますよ」

「なんか、恐いですね」

「そうですね、いいことの裏には必ず良くないものがついてきますからね」

「……」

「周りがちやほやしてくれると、そりゃ気分がいいですから、異論を唱える人が腹立たしくなって、遠ざけるようになってしまいますよ。いつの間にか自分の周りには本当に自分を心配してくれる人がいなくなってしまいますよ」

「山城さんはすごいですね……」

「そんなことはないですけど、よほどしっかりとしていないと、人生の道を迷ってしまいますよ」

「はっ、はい…… ありがとうございます 」

「だけど、そんなことを気にしないで生きて行きたいのなら、青山義信の孫であることを隠して生きていく方法もありますけど、それはそれで、また疲れますよね」

「お袋が同じことを言っていました」

「そう、お母様も素敵な方なんでしょうね」

「いえ、ダダのおばさんですから……」

「その内には、お会いしてみたいわ…… さあ、お昼からは原宿にでも行ってみますか?」

「はっ、はい…… とっ、ところで山城さんは、恋人はいるんですか?」

「ええっー、私を狙っているんですか?」

「いっ、いや、そんなことは……」

「いないですよ。だから何か買いたいとか、悩みがある、どうしたらいいのかわからない…… そんな時はいつでも相談にはのってあげますけど、たとえ、社長命令でもあなたの彼女にはなりませんよ」

「そっ、そうですか……」

「ええっー、君、本気で思っていたの?」突然、口調が変わった。

「えっ、いや、その……」

「あのね、私はあなたより5歳も年上なのよ。わかっているのっ」

「えっ、いや、特に何かが…… ということじゃなくて、年上の美人でスタイルもよくて、清潔感のある女性といて、なんか、全て導いてくれて、すごくいいなって思って……」

「ははっはは、それは私が秘書だからですよ、あなた、初心なのねー」

「すっ、すいません」

「でも、気を付けないと、色んな女が寄ってくるわよ。いいや、女だけとは限らない。さっきの話と同じだけど、今まであなたに見向きもしなかった人達が、友達のような顔をして、寄ってくるわよ」

「なんか、いやらしいですね」

「そんなものよ、人間なんてね、みんな欲得で動いているんだから……」

「山城さんもそうなんですか……」

「それは…… 難しいこと、聞くのね…… 」

「すっ、すいません」

「あのね、初めて東京に出て来て、青山グループで一番の美女と言われる私と、デートみたいにして買い物をして……」

「やはり、一番の美女なんですか?」

「自称ですけどね」

「えっ……」

「それで、なんか楽しくて、いい気分になって…… わかるわよ。でもね、そこまでにして欲しいの」

「えっ、どっ、どういうことなんですか」

「私だって人間なのよ、何千億もの資産を相続する初心(うぶ)な少年を前にして、その少年は私に好意を持ち始めている…… この少年を私のものにすれば、将来はセレブの仲間入り、良い人を演じるだけでいいのかっ…… って、葛藤しているのよ」

「えっ、そっ、そうなんですかっ!」

「勘違いしたらだめよ、あなた個人に目がいっているわけじゃないのよ、あなたが将来相続するであろう資産に目がくらんでいるのよ」

「そっ、そうですよね」

「でもね、まっ、入学して……」彼女は言葉を飲み込んでしまった。

「えっ、入学して?」

「まっ、何か望みがあったら、電話してきなさい」

「はい、ありがとうございます」

 信也は、こんな楽しくて心地よい一日を過ごしたのは初めてであった。
 すらっとした明るい美女に気を使ってもらって、生まれて初めて味わう喜びであった。

 そして3日後
「信也君、今本商事って知っているかい?」祖父が尋ねた。

「はい……」

「君がそこの娘さんと知り合いだって聞いたんだけど、気を使った方がいい相手なのかな?」祖父が尋ねた。

「実は、昨年の夏ごろ、付き合っていたのですが、その父親から、俺の父親は市長じゃないかって…… 生まれのはっきりしない奴には近寄って欲しくないって言われて……」

「そうか、それで別れたのかな」

「はい、青山グループの傘下に入れるとか、なんとか、そんなことを言っていました」

「うーん、担当課長から、君の名前を出すと、驚いていたらしくてね……」

「あのー、お世話にもなっていないし、今は、恨んでもいません。ですから、僕のことは関係なしで考えてくれませんか?」

「その彼女とはもう付き合わなくてもいいの?」

「それは絶対に無いです。彼女の父親に、母親を……」

「遠慮しなくていいよ、本当の思いを話してくれないか……」

「実は、その時は腹が立ちました。でも、そんなことで、何か、仕返しをするような人間にはなりたくないです。だから、僕のことは気にしないで欲しいです」

「そうか、やはり君はあの亜紀さんに育てられた人なんだな。とてもうれしいよ」

 そしてその2日後のことであった。
『久しぶり、今本です』

『えっ……』

『今本陽子です。父があなたと付き合ってもいいって…… ちょっと父に代わるから……』

『中田君、あの時は失礼した。君が青山グループの社長と縁戚関係にある人間だと聞いて驚いたよ。詳しいことは教えてくれなかったが、青山グループの高田という政策課長から聞いたよ。そう言う事情なら、娘と付き合ってもらっても全然かまわないよ。あの時は、私もどうかしていたんだと思う』

『いえ、それぞれの立場がありますから仕方ないと思っています』

『そうか、わかってくれるか、ありがとう』

『昨日、祖父から、今本商事を知っているのか、って尋ねられたので、知っているけど私とは無関係だと思って判断して下さいと話していますので……』

『お祖父さんって?』

『えっ…… 青山グループの青山義信です』

『ええっー、どっ、どういうことなんだ?』

『どういうことだと言われても…… 亡くなった私の父親は青山義信の一人息子なんです』

『どっ、どうして、あの時、話してくれなかったんだ……!』

『私も、つい先日に知ったばかりなので……』

『まっ、そっ、それは別として、以前のように娘と付き合ってやってもらえないだろうか……』

『もうそれはできません。あの時にあれだけ、母親を馬鹿にされたんです。市長が父親とまで言われたんですよ。あの時のあなたの顔を忘れることができません。陽子さんのことは好きでしたけど、あの時の衝撃が大きすぎて…… すいません』

『なっ、何とか、考えなおしてくれないか、謝るよ、本当に申し訳なかった』

『申し訳ないのですが、これから出かけますので、失礼します』

『なっ、中田君……』

 あまりにも聞き苦しい電話であった。
( 顔を見もないで話しただけでも、ありがたいと思わなくっちゃ…… )
 信也はそう考えて大きなため息をついた。
 


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