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作品名:愛していたのかどうかわからない 作者:此道一歩

第4回   色情に狂う市議会議員
 しかし、その翌年、高齢のため亡くなってしまった議員の補欠選挙が、統一地方選挙に合わせて実施され、立候補した者は、滝宮和則、ただ一人であったため、彼は26歳という若さで市議会議員になってしまった。

 市役所へ行けば、誰もが「先生」といって奉ってくれることに気を良くした彼は、しばらくの間は静かに時を過ごしていたが、その一年後、翌年に迫った市議会議員選挙に向けて誰もが活発に動き始めると、補欠選挙を含めてここ3回、無投票で実際の選挙が行われたことはなかったのだが、新たに若手が名乗りを挙げ、16の定数に対して、17の立候補者が動いていることを知った滝宮は慌てた。
 未だに2年前まで飲み歩いていたことを悪く言う者がいて、さらに世間では滝宮が危ないとのうわさも流れ、彼は危機感を持った。
 その彼の頭に浮かんだのは、アメリカの伐々カレッジ卒という肩書を持っている小橋徳治の経歴詐称である。

( あいつがアメリカの大学を出ているなんて信じられない )

 滝宮は4歳年上の小橋の同級生何人かに接触し、調査を始めた。
 金に困っていたその内の一人が
「あの頃、あいつは姿を消して、北海道の専門学校に通っていたはずだ」と漏らしてしまい、探偵事務所にその真偽を調査させた滝宮は、小橋がブログに公表している伐々カレッジ在学期間、彼は北海道の経済専門学校に通い、夏休みを利用して伐々カレッジ併設の語学学校に通ったという事実はあるものの、決して卒業などと言えるものではないということを知って、微笑んだ。

 1年後、選挙公示の2ヶ月前、選挙事務所は予想とおり、17箇所出来上がり、誰もが選挙に向けて、ミニ集会を行うなど、最後の詰めに入っていた。
 17人の立候補が確実と考えた滝宮は知合いの岸本に金を渡し、小橋徳治の事務所に経歴詐称ではないかと訴えさせた。
 慌てたのは、そこにいた小橋であった。

「あなたがアメリカの伐々カレッジに在学していたとされる、この期間、あなたは北海道の経済専門学校に通っていましたよね」

「いや、夏には大学に出向いたんだ」

「何を言っているんですか、夏休みの間に、併設の語学学校に通っていただけじゃないですか」

「いや、それは……」

「あなたは、今まで私達市民をだましていたんですかっ」

「いや……」

「あなたははっきりとポスターにも、チラシにも伐々カレッジ卒って書いてありますよね」

「それは…… 語学学校で単位を取ったから……」

「あなたね、併設の語学学校で単位を取ったら、その大学を卒業したことになるんですかっ」

「……」

「こんな田舎町で、誰もわからないって、私達を馬鹿にしていたんでしょっ!」

「……」

「いずれにしても、選挙後には明確にしてもらいますからねっ」

 それを聞いていた支援者たちは、皆引き上げてしまい、結局、小橋は公示日には届出を出さず、その結果、選挙は無投票になってしまった。

 無投票が決定した日、滝宮は岸本を食事に誘い、静かに二人で酒を酌み交わした。
「ありがとう。選挙になれば、投票、開票に向けて多くの人件費が必要になるんだ。お前のおかげで、市は約一千万円節約することができたよ」滝宮が呟くと

「そんなにいるのか!」

「不正がなければ、戦えばいいんだ。だけど不正が見えているのに市の金を使うのなんて、馬鹿みたいだろっ、市民の税金なんだよ」

「お前、変わったなー、本当にこの街のこと、考えているんだ……」

「いやー、何にもできないけど、でも、若い世代が頑張らないと町はよくならないよ」

 こんな話の中で、岸本は滝宮に一目置くようになった。


 2期目がスタートすると、彼は一般質問で、街の将来を語るようになり、少しずつではあるが、その評判が高まりつつあった。
 30歳になったころ、様々な部署で彼の意見が通るようになると、彼は人事課長を呼びつけ、住民課にいる中田亜紀を議会事務局へ異動させるように働きかけた。

「彼女は、とても優秀な人材だ。議会事務局で全体を見渡せるように勉強させるべきだ」

「でも、先生、全体を勉強させるのであれば、財政とか、企画の方がいいのではないですか?」
人事課長が尋ね返すと、

「あなたはだめですね、若いうちにあんな部署に行かせてどうするんですか。若手の仕事を見てみなさいよ。資料作りに追われて馬車馬みたいじゃないですか」

「えっ、そんなことは……」

「優秀な人材をつぶすつもりですかっ!」

「議会事務局にいれば、色んな議員の要望や、不満が見えて来る。加えて、各議員と上手くやることを今から勉強させておくべきだ。彼女は私の同級生でとても優秀な人材だ。早く、それなりの部署へ行かせるべきだ」

 しかし、滝宮がかつて亜紀に言い寄っていたことを知っていた市長は、この人事案件を認めず、彼女を外部との折衝がほとんどない財政課へ異動させてしまった。

 人事課長から市長に反対されたことを聞かされた滝宮は
「あなたねー、そんな好き放題をさせていいんですか?」

「えっ」

「彼女の息子の父親が誰だか知らないんでしょう。市長だという噂があるんですよ」

「ええっー、まさか!」

 彼はこのようにして、ありもしない噂を少しずつ広げていった。


 彼の亜紀に対する思いは、届かない分だけ静かに膨れ上がり、時折、電話で誘いをかけてみるが、丁重に断られるだけで、その思いは届かない分だけ腹立たしさに変わり、力を誇示し、嫌がらせに変わろうとしていた。

『一度くらい、食事に付き合ってくれないか?』

『だめよ、議員と二人きりで食事なんてできないわよ』

『あまり、俺に冷たくしない方がいいんじゃないか……』低い声で脅しているようにも聞こえる。

『そんな言い方はよくないと思うわよ』

『いつもそうだ、そんな生き方はよくないとか、そんな言い方は止めた方がいいとか…… もううんざりなんだよっ』

『滝宮君……』

『もうわかっよ、俺を怒らせたら大変なことになるぞっ、お前が市長とできていることだって、知っているんだからな、後悔するなよっ!』

 そうは言ったものの、深夜、ふと目が覚めて冷静になってみると、情けなくて仕方なかった。
 亜紀の前ではどうもうまく話すことができず、愚かさを露呈してしまったことを反省した彼は、数日後、再び電話を入れたが
『おかけになったその番号は現在、使われておりません』と流れて来る録音に、再び頭に血がのぼってしまった彼は、奥歯をギシギシとかみ締め、身体を震わせながら、持っていき場のない怒りに
( どうしてやろうかっ!)と、そのことだけを考えるようになり、議会の一般質問で、職員採用に対する市長の裁量について、あることないことを羅列し、最後には
「これは、あくまで噂なんですが、市長が、過去に自らが好意を寄せる女性を採用したことがあると耳にしたことがあるのですが、その実態はどうなんですか?」とまで質問してしまった。

 議会は突然に休憩となり、直ちに議長に注意された滝宮は、形式だけの詫びを入れて、質問を取り消したが、それでも、議会放映を視聴している市民の間では、不穏な空気が流れ始めた。

 3期目、上位で当選を果たすと、議会ごとの一般質問で、彼は財政課に対して集中砲火を浴びせた。
十分な質問原稿も渡さないで、細かな部分を問いただし、即答できない企画財政部長に対して、
「あなた、それでも企画財政部長ですかっ! 市民の方々が、どんな厳しい生活を強いられているのか知らないのですかっ、そんなことも知らないで恥ずかしくないのですかっ!」と罵倒し続けた。

 1年間は我慢したのだが、たまりかねた企画財政部長は議会終了後に、滝宮にコンタクトを取ると
「先生、何かあるのだったら、教えていただけませんか、ちょっとひどいじゃないですか……」と下手に出て様子を伺った。

「部長、あなたに恨みがあるわけじゃないですよ。ただ、財政課にいる中田亜紀は市長の女らしいですよ。息子の父親は市長らしいですよ」

「まさかっ……む」

「私は、この就職が厳しい時代に、10年前だって、もっと厳しかった時代ですよ。そんな時にコネで市役所の職員になって、平気な顔して生活している彼女が許せない」

「ちょ、ちょっと待って下さい。それは誤解ですよ。きっと何かの間違いですよ」

「何を言っているのですか、私は何人もの人から聞きましたよ。だいたいあなた方、幹部は市長の取り巻きばかりだから、口をそろえて、誤解だって言いますけど、調べたことがあるのですかっ!」

 届かない思いが憎しみに変わり始めた滝宮の嫌がらせは、議員という立場を利用してとんでもない方向に進んでいた。

 思い余った企画財政部長は、事情を市長に話した。
「あまりにも馬鹿らしくて、嫌になりましたよ」

「すまんな、でもどうしたものかな?」

「今の住民課長が、補佐の時代に、よく住民課に来て、中田亜紀に言い寄っていたらしいですね。振り向いてくれない腹いせでしょうが、あれで恥ずかしくないのが、信じられないですよ」

「ところで、中田くんの仕事はどうかね」

「そりゃ、優秀ですよ。将来は、初の女性財政課長もありですね」

「ほうー、そんなにすごいのかね……」

「他の職員も優秀ですが、数字に対する感覚が違うって言いますか、この前も課長を含めて7人全員に財政状況を説明したのですが、解っていたのは彼女だけですよ」

「そうかね…… 彼女を動かすか、今後も滝宮の罵倒に耐えるか……」

「いえ、了解いただけるのであれば、今後はあっさりとかわしていきますけどね」企画財政部長が言うと

「しばらくはそれで行くかね」

 しかし、滝宮のことに気づいていた亜紀は、
「部長、すいません。私のせいだと思うのです。もう異動させて下さい」と懇願してきたが

「財政の仕事は嫌いかね?」

「いいえ、仕事は好きです。でも……」彼女は俯いてしまった。

「じゃあ、頑張ろうよ。次からは私も対応を考えるよ。できることなら怒らせたくないからおとなしくしていたけど、市長の了解も取ったからさ」

「部長…… すいません」

「君が謝るようなことじゃないよ。それに、あんなくそみたいな議員に屈するのは嫌でしょ」

「……」亜紀は静かに頷いた。
( 同じ人間なのに、どうしてこんなに違うんだろう )
 比較にならない二人を比較して、彼女は少し悩んでいた。

 そして、定例3月議会が始まると、
「一般質問に立った滝宮は、市長は日頃、街の美化に勤めると言っていますが、過去3年、年間予算はどの程度あるのか」と細かな質問を始めた。

「ただいま、詳細な資料を持ち合わせていませんので、後程、お知らせさせていただきます」企画財政部長が答弁すると

「あなた、企画財政部長でしょ、そんなことも知らないんですか、議会を馬鹿にしているんじゃないですかっ、ちゃんと答えなさいよっ」と再質問を繰り出した。

「ご指摘とおり、私は企画財政部長でありますが、細かいものまで含めれば、何千にも及ぶ項目の全てが頭の中にあるわけではありません。詳細については、財政課が各部署と詰めを行い、個々に定めてございます。たとえ、企画財政部長本人が知らなくても、財政課に置きましては全ての詳細な資料がそろっておりますので、後程これをお持ちしたいと考えています。次に議会を馬鹿にしているのではないかとのご指摘でございますが、私は決して議会を馬鹿にはいたしております。 以上お答えとさせていただきます」
 議場内で笑いがどっと起きた。

 一度席に戻った企画財政部長は、市長に微笑むと、再び
「議長、答弁の訂正をお願いします」と手を上げた。

「企画財政部長」

「先ほどの答弁について訂正をお願いいたします。最後の議会を馬鹿にしているのではないかとのご質問に対し、私は決して議会を馬鹿にはいたしてはおりません、と答えるべき所を、誤って、決して議会を馬鹿にはいたしております、答えてしまいました。お詫びを申し上げるとともに訂正をお願いします」
彼が頭を下げると議場内で大喝さいが起きた。
 そんな中で、滝宮ただ一人が唇をかみ締めていた。

 その後しばらくの間は、滝宮もおとなしくしていたのだが、1年後、質問の予告もなしに再び企画財政部長を集中攻撃したが、見事にかわされてしまい、恥の上塗りをしてしまった。

 しかし、彼はそれでも、市長と中田亜紀ができているという噂を根気よく広めることに務めていた。
職員の中にも、中田亜紀に相手にされなかったり、隠していたミスを指摘されたりして、そのことを逆恨みする者もいて、そうした者達が自然と滝宮の周りに集まるようになってきた。

 その頃になると、市長も馬鹿みたいな噂がいかに愚かなものであるかと言うことを示すために、亜紀を市長秘書に抜擢し、堂々と世間に向おうと考えていた。
 滝宮は、腸の煮えくり返るような思いであったが、何ともしがたくただ耐えるしかなかった。

 ただ、彼も36歳になり4期目の当選を果たすと、取り巻き達の中から、
「先生、そろそろ市長に立候補したらどうですか……」
 そんな機嫌取りの話も出て来て、彼は父親に相談したが反対され、一度は断念した。

 しかし3年後の秋、父親が亡くなると、彼は翌年4月の市長選に立候補することを議会で表明した。
それは、これまでの市長の公約が全く果たされていないということを切り口に、世代交代するべきだということを全面に押し出し、戦おうと考えていた。

 確かに、国の情勢が厳しさを増す中で、合併を断念したこの市の財政状況は厳しさを増すばかりで、公共建築物の建て替えはもちろん、道路、橋梁などの新設はおろか、改修さえままならない状況で、ここまで懸命に舵を取ってきた市長も既に60歳を迎え、新しい者に託した方がいいのかもしれないと考え、幹部たちを集め、その思いを話したが
「市長、次を託せる人がいるのであればいいですが、滝宮が市長になんてなったら、この街は終わってしまいますよ。それは無責任ではないですか」
 副市長を初め、こんな意見が市長に引くことを許さなかった。

 しかし、年が変わると態勢が徐々に若い滝宮に傾き始め、誰もがそのことを危惧していた。

 亜紀の心配もそのことであった。
 そんな思いの中で上京し、信也は孫として青山に受け入れてもらうことはできたが、静岡に着いた亜紀の心は憂鬱であった。

(お義父さんにお願いしてみようか……)


 その一方で、兄夫婦は首を長くして、彼女の帰りを待っていた。
 電話で概要は聞いていたものの、亜紀と信也のことを心配する二人は今後のことが心配でならなかった。
 それでも、亜紀の顔を見て、その一部始終の話を聞いた二人は、亜紀の今後が心配ではあったが、信也がいかに大事に思われているのかと言うことを知って胸をなでおろした。
 ただ、当の亜紀は、気持ち良く受け入れてもらったことがうれしくて、後はどうなっても仕方ない、ただ、問題は市長選と思っていた。
 


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