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作品名:愛していたのかどうかわからない 作者:此道一歩

第1回   屈 辱
「中田くん、申し訳ないが、娘と付き合うのはもう止めてくれないか」

「えっ……」初めて会った彼女の父親から浴びせられた言葉であった。

「お父さん!」

「お前は黙っていなさいっ!」

「君にはまだわからないかもしれないが、うちは、一人娘だ。将来は、この子の結婚相手に、今本商事を継いでもらわなければならない」

「……」

「そうなると、やはり、ここに見合った人でないと困るんだ」

「うちが母子家庭だからですか……?」

「そう思ってもらってもかまわないが、君の出生もはっきりとしない。お父さんが誰だかもわからない。中には、市長ではないのかと噂する者もいる」

「そっ、そんな……」

「君自身が、どうのこうのと言うつもりはない。今まで、子どもの付き合いだと思っていたが、この子は君と同じ大学に行きたいと言いだした。この子の頭には、既に君との将来像があるみたいだ」

「……」

「でも、それは困る。君のお母さんが市役所で真面目に働いているということはよく知っている。でも、謎が多すぎる。大学を中退して帰省してきたかと思ったら、1年後には君を産んだ。その頃から、今の市長はよく君の家に行っていたという噂もある」

「そんなっ、市長がうちに来ていたなんて聞いたことがありません」

「そう噂する人もいるということだ……」

「わかりました。もういいです」

「それに、わが社は今、大事な時なんだ。青山グループの傘下にはいることができるかもしれないんだ。来週には本社の課長が会社を下見に来てくれるところまでこぎつけているんだ。君にはわからないだろうが、青山の傘下に入ることができれば、将来の心配は何もなくなるんだ。うちは、今、そんな大事なところにいるんだ」

「わかりました」

「わかってくれるかね」

「わかりませんけど、お袋をそこまで馬鹿にされて、これ以上は……」

「そうか、じゃあ、今後、娘には会わないでくれ」

「失礼します」

 高校3年生18歳の夏であった。中田信也は、初めて訪れた彼女の家で受けた屈辱にも似た思いをかみ締めながら外に出た。
 付き合い始めて、まだ3ヶ月にもならないが彼女の陽子は、目を真っ赤にして一緒に出てくると
「ごめんなさい。でも、私の気持ちは変わらないから…… 絶対に説得するから……」と 懸命に信也に語りかけた。

「いや、ごめん。説得してもらっても、もう君とは付き合えない。俺は、お袋が間違った人生を歩んでいるとは思えない。父親のことだって、俺が生まれる前に亡くなってしまった。それだけのことだ。誰も悪いことはしていない。なのに…… あそこまで馬鹿にされたら…… お前とは別人格の人の話だとは思うけど、でもお前の父親だ。悪いけど、とてもお前とは付き合えない」

「もう、終わりなの……」

「終わりにするしかないよ、お前の顔を見ていたら、絶対にあの父親の顔を思いだしてしまう。ごめん」

 しっかりしているとはいえ、まだ高校三年生である。彼女を罵倒しないで話すことが精一杯であった。
確かに、彼自身、父親のことは、自分が生まれる前に亡くなってしまったということ以外は、何も聞かされていなかった。
 どんな人だったのか、名前は? 何故亡くなったのか? 何を聞いても母親は言葉を濁して悲しそうな顔をした。だから、彼はそれ以上問いただすことができなかった。何か事情があるのだろうとは思ったが、それだったら、せめてその事情だけでも話してくれればいいのに…… 彼はそんな思いを引きずっていた。

 信也は、彼女と別れた後、母親の兄夫婦の家に向った。

「 伯母さん、一つ教えて欲しいんだけど……」

「どうしたの、恐い顔して……」
 彼女は母の兄嫁であり、母の親友である。

「亡くなった父さんのことなんだけど……」

「ごめんなさい、何度聞かれても、よく知らないのよ……」

「それって、本当なの? なんか隠しているでしょ」

「そんなことはないよ…… あっ、この前、かわいい彼女連れていたわね」
 彼女は話を逸らそうとしたが

「今日、彼女の家に行ったら、その子の親父からもう会わないでくれって言われたよ」

「えっ、どうしたの?」

「俺の父親は市長じゃないかって…… 生まれのはっきりしない奴には近寄って欲しくないってさ」

「そっ、そんな……」

「お袋のこと、馬鹿にされたけど、何も言い返せなかった。何か、事情があるのはわかっているんだけど、俺だって18だよ。父親のことなんだから、知る権利があるでしょ」

「ごめん……」

「じゃ、せめて大学だけでも教えてよ、伯母さんから聞いたなんて、絶対に言わないから……」

「……」

「伯母さん、親友をかばいたいのはわかるけど、俺の身にもなってよ。18にもなって親父のことを何一つ知らないなんて、そんなの、ありかよ……」
 言葉があまりにも悲しくフェードアウトする。

「東京の東栄大学だったと思う……」
 信也の悲しさに耐えられなくなってしまった彼女が、ついに一言ぽつりと話した。

「ありがとう、伯母さんも、それ以上は言えないんだろ、そこを受けてみるよ」

「……」彼女は静かに頷くことしかできなかった。

 そして年が変わって2月、東栄大学へ出かける息子に付き添って、母親の亜紀もともに上京した。


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