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作品名:ただ話したいだけなのに 作者:此道一歩

第7回   その陰に
 書店へのあいさつ回りやら、サイン会で忙しくしていた明子は、ある夕方加藤から食事に誘われ、料亭に出向いた。
 そこはかつて、彼女が『地の果てから』を出版して忙しくしていたころ、当時の皆藤社の編集長によくご馳走になったところであった。
 当時は編集長に、編集者の加藤を加え、三人でよく食事をしながら生意気にも将来の文学界を議論したりしていたのを思い出した。

 部屋へ入ると当時の編集長、高田と加藤が待っていた。

「編集長! お久しぶりです」明子は彼に会えたことがとてもうれしかった。

「いい作品ができたね、ほんとにおめでとう、あんなすごい作品は君にしか書けない、感激したよ、ほんとによく頑張ったね、書き始めるまでの四年は辛かっただろう…」

「はい……」

「元気な君に会えてほんとにうれしい… もう七十万部を超える勢いだって…」
 彼はそう言いながら目頭が熱くなるのをどうすることもできなかった。

 彼が、皆藤社の編集局長であることを知っていた明子は
「すいませんでした。あんなにお世話になったのに、加藤さんの所へ行ってしまって…」

「とんでもないよ、加藤のところで良かったと思うよ… 今の皆藤社は駄目だよ…
電話はしたんだろ?」

「はい……」

「はははっ、想像はつくよ… 誰も相手にしてくれなかったんだろ?」

「はい…」

「申し訳なかった、ほんとに恥ずかしい限りだ… あそこはもう駄目だな… こんなにしてしまったのは俺なんだよ」彼が寂しそうに言うと

「局長のせいじゃないですよ…」事情を知っている加藤が彼をかばうが

「いや、やっぱり加藤を手離した俺の責任だな…」

「加藤さんはどうして会社を変わったんですか?」

「それはな、俺が悪いんだよ…」

「電話したら、退職したって言うから一瞬目まいがしましたよ」

「そりゃそうだわな、俺だって正直言って君の二作目には関わりたかったよ、でもうちには長崎明子のすごさを知っている奴がいない、加藤が出て行ってからはもう最悪だよ」

「編集長と喧嘩でもしたんですか?」

「いいや、恥になるけど君には話しておくよ、俺が局長に昇格するときに、俺の後は間違いなく加藤だと思っていたんだ。恐らく誰もそう思っていたはずなんだ、でも今の佐々木になったんだよ、当時常務だった今の社長の娘婿なんだよ彼は…」

「サラリーマンの世界って面白いですね…」

「おもしろくないよ、こっちは必至だったんだよ、いくら言ってもあのバカ社長は耳を貸さなくて、それでも加藤は引き続き、編集者として頑張ってくれていたんだが、あのど素人の佐々木が、加藤の編集にケチつけやがって… 俺もたまりかねて大声でどなったんだよ… でもそれがよくなかった、その後加藤への風当たりが強くなって部下たちも困っていた。それで加藤が他に二〜三誘ってくれるところがあるから辞めるって言いだして……」

「そうだったんですか……」明子が囁く。

「俺もそれ以上は頼めなかった、もう諦めたんだよ、その時、山崎しかいないって思ったんだよ。彼は昔一緒に同人誌をやっていた頃からの付き合いで、飲むといつも加藤を褒めていた。彼女の編集者としての才能をわかっていたんだよ。加藤が編集した本は必ず読んでいるんだよ。例えつまらない作家の本でも読んでいるんだよ、彼女の編集が見たいんだって言っていたよ。バカみたいな本でも、彼女の編集が入ると素晴らしくなる。彼ぐらいになると、元の本が三十点で加藤が編集して七十点になったとか、四十点が七十点になったとか、編集前の物語が想像つくらしい、ここの一節は、元はこの程度だったはずだ、だけど加藤が編集してこうなった…… こんな感じなんだよ」

「すごいですね…」明子は目を見開いて感心していた。

「いつも『加藤さんみたいな人がうちにいたらなー』ってこぼしていたから電話したらすぐに飛んできて、あっという間に今のようになった訳……」

「へえー、三作目ができそうですね……」

「長崎ちゃんも言うようになったねー」

「苦労しましたからねー、あっ、そう言えば確か高校三年生でデビューした女の子、山?書房じゃなかったですか?」彼女が突然加藤に目を向けた。

「読んでくれたの?」

「ごめんなさい、ちょっと噂を聞いただけなんです」

「そう、でも知っていてくれただけでもうれしい、局長の紹介なのよ」

「えっ、局長、援交していたわけじゃないですよね」

「長崎ちゃん、頼むよ、なんてこと言うんだよ、偶然だよ、偶然……」

「聞きたいですねー、どんな偶然で女子高生が出版にすることになったんですか?」

「疑っているだろう?」

「そんなことはないですよ、説明に納得できれば信じますよ」

「あのさー、彼女はね、初めて作った小説を持ち込んできたのよ、その時に間違って俺の部屋にきてさー、俺も暇だったから、読んだんだよ。そしたらまだまだなんだけど何だかおもしろくてね、最後は加藤に頼んでみようって思ったんだけど、とりあえず皆藤社の誰かに読ませてみようと思ってさ、電話したら相田が出たから彼にとりあえず読むだけ読んでみてくれって言ったんだよ、ただし気を使わないように念を押してね。それでその女子高生に原稿を相田の所へ持って行かせたんだよ。そしたら、案の定、『全然だめだけど、素質はあるから、もう少し勉強してからまた書いてみたら』って言われて俺の所に帰って来て、『ありがとうございました。諦めます』って言うから座らせて編集者の話をしたんだよ」

「へえー、初耳ですね、是非聞きたいです。」加藤が言うと

「ぜひ」明子も追随した。

「だからさー、物語って言うのは、作家が完結した段階では、きれいに仕上がっているものもあるし、荒いものもある。その作品が荒い時、だめだと判断するか、手を加えればよくなると判断するか、それは読んだ者の編集能力による。ある者がだめだと思っても、ある編集者はいい作品になると考えるかもしれない。その作品を読んだ時に完成した物語をイメージできるかどうか、これが即編集者の評価に直結する。君が今会って来た人は三流の編集者だ。運の悪い人はこの三流の編集者によって道を閉ざされ、断念してしまう。でも運のいい人は一流の編集者に巡り会って、次のステップに進むことができる、もちろんその場で断念せざるを得ないこともある。次はこの人に会ってきなさい。超一流、日本で最高の編集者だ、私の名刺を持っていきなさい。こんな感じかな……」

「局長、かっこいいです…… 援助交際していないこと、信じます」

「長崎ちゃん、もう勘弁してくれる……!」

「ごめんなさい、でも運のいい子ですね、間違って局長に巡り会って、そのおかげで加藤さんに巡り会ってデビューしたわけですよね」

「そうだね、正直言って俺は判断しかねたんだよ、だから加藤に任せた。どちらにしても皆藤社ではあの作品を編集できる奴なんていないから、それだったら加藤かな、困った時の加藤頼み… でもすごいね、十万部行ったんだろ」

「いま、十二万部です。ただあの子も、問題は次だね」

「そうですね、今回は女子高生の処女作ってことが相当上乗せされていますからね、ただ、今回の作品は認めて欲しいっていう思いが強くて、彼女を出し切れていません。次は彼女に思い切り書かせてみたいと思っています」

「こうなるんだよ、すごいねー」

「そうですね、でも私もお願いしますよ」

「もちろんですよ」

「加藤はね、君がホステス始めたの、知っていたんだよ…」

「えっ、そうなんですか?」彼女は驚いて加藤に目を向けた。

「だけど、彼女は、黙ってじっと君を待っていたんだよ、君の二作目を見るまでは編集者を止めることはできないって言って、今のとこでは、編集長をやりながら編集者もやっているんだよ」

「加藤さん…」彼女が見つめると加藤も微笑み返してきた。

「私は信じていた。あの『地の果てから』は今世紀最大の作品だと思っている。でもあなたはきっとあれを超える作品をいつか創ってくれる、あの作品を超えることができるのはあなただけ、そう思っていた」

「あの佐々木が連れてきた三流作家とはえらい違いだな」

「そう言えばあの人、先日、テレビで、『ただ話したいだけなのに……』を批評していましたね」

「バカだよ、頭きたから、『お前、自分の作品を読んだことあるのか、長崎明子はお前みたいな三流作家が批評できるような作家じゃないよ、立場わきまえろ』って呟(つぶや)いたら、あっと言う間に炎上してしまったよ、はははっ、あいつはもう駄目だな」

「局長はね、辞表出してきたのよ…」

「えっー!」

「長崎明子はあの作品をわが社に持って来たんだよ、それをあんたのばか娘婿が断ったんだよ、彼と心中しろって、叩きつけてやったよ。人生、こんなにスカッとしたことはないよ」

「これからどうするんですか?」

「もう六十を過ぎているんだ、ただの長崎明子ファンになるよ」

 三人の話はいつまでも続いた。
                        
              完


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