まひるちゃんは優しいけどママは少し怖い。柱や障子で爪をといだり机や調理台に乗ったりしたら大目玉だ。でも、このミッションを遂行しないと僕は一人前のぬこレンジャーになれない。ママが自分の夕飯をテーブルに並べてる。僕はおかずのサンマを横取りする機会を窺っていた。
この町で悪の組織『ダークラッツ』と戦う『肉球戦隊ぬこレンジャー』。元は『ぬこホワイト』こと白玉さんと『ぬこブラック』こと墨丸さんのコンビだ。二匹に憧れてた僕も『ぬこブラウン』として仲間入りしたけど、二匹は気が向いた時だけ戦うスタンスで……。 「ニャンチ・クラッシュ!」 僕がバッタ相手に訓練してても、指導を頼んだはずの二匹は欠伸や居眠りに忙しい。 「白玉さん、墨丸さん! 見てます?」 「その名前で呼ぶんじゃねえ!」 寝てたはずの白……ホワイトがカッと目を開け怒鳴る。苦笑するブラック。 「茶太郎、俺はどっちの名前でもいいけど、ホワイトは気遣ってやれ。トラウマが深いんだ」 「すみません。……あの、も一回やるんでアドバイスください」 「しょうがねえな」 やっと二匹に技を見てもらえた。 「やるじゃないか」 ブラックは褒めてくれた。でもホワイトは渋い顔だ。 「子供の遊びだ、気迫を感じねえ。……お前、普段甘やかされてるだろ? 寝床もエサも飼い主が与えてくれる。奪われたことも自分で勝ち取ったこともねえ、甘ちゃんの動きだ。本当の戦闘じゃ通じねえぞ」 そんな……。 「キャットフードもらって満足してるんだろ? たまに刺身とかもらったら大喜びで。お前、命懸けで何かをもぎ取ったことあるか?」 「確かにそういう経験も必要だな」 ホワイトの言葉にブラックも頷く。 「ま、環境が環境だけに無理な注文か」 ――悔しい。僕だって男だ。 帰ってふて寝してたら、外は暗くなっていた。台所を通ると魚を焼いた匂いが残っている。今夜はサンマか。まひるちゃんが分けてくれるだろう。 「パパったら急に接待だなんて。まひるも友達と食べてくるし……」 えっ、ケチで怖いママしかいないの? (命懸けでもぎ取る……) 白玉さんの言葉を思い出す。――よし、男になってやる。僕は決意した。
ママがご飯をよそいに行く。僕は椅子に乗り、テーブルに前足を掛けて食卓を偵察した。……あれ、サンマはどこだ? 匂いがわからない。 「茶太郎、下りて」 ママに見咎められ、一旦床に降りた。ママが着席し、テレビをつけて一人食べ始める。あ、今サンマの匂いが。ラップをかけてたのか。テーブルに飛び乗りたいけど、タイミングが肝心だ。 「律クン、素敵……」 ママの箸が止まった。目はテレビに釘づけ。――今だ! 僕はテーブルにジャンプした。 「こら!」 サンマに口が届く前にママに首を掴まれる。 「もう、お腹空いたわけ?」 部屋の隅に連行され、キャットフードを用意された。確かに腹ペコだけど、今はミッションが……。 「何よ、食べないわけ?」 威圧感が半端ない。仕方なくエサ皿に頭を突っ込んでカリカリかじる。ママは席に戻った。――このまま引き下がれない。背中でママの気配を窺いつつ、次のチャンスを狙う。 「キャー!」 突然の悲鳴とガタガタッという音。振り返るとママが椅子の後ろに隠れてた。 「ネ、ネ……」 ママは震えてる。一匹のネズミがテーブルの脚をよじ登っていた。――こいつ、ダークラッツだ! ネズミは食卓の上を走り始める。僕はテーブルに飛び乗った。一瞬、食べかけのサンマに誘惑される。 (今なら奪えるけど……) 首を横に振る。敵を倒すことが先決だ。 「ニャンチ・クラッシュ!」 逃げようとするネズミに、爪を出した前足を思い切り叩きつけた。噛みついてとどめも刺す。 「チ、チュ……」 ネズミは霧となって消えた。僕はテーブルから降りてママにすり寄った。 (もう大丈夫だよ) 「茶太郎……退治してくれたの?」 ママが僕の背を撫でた。
「――で、結局サンマは?」 し……ホワイトが口を開いた。 「それが、ご褒美だってママが分けてくれて」 「やるじゃないか。敵を倒してサンマもゲットとは」 ブラックに褒められる。 「でも、命懸けで得たわけじゃ……」 「んなつまんねえことに命懸けんなよ」 そりゃ、ホワイトにしたらつまらないことだろうけど。 「無理に命懸けるこたねえよ。守るべきものが見えてりゃ、自然と体は動くもんだ」 「そうそう、愛があればね」 「だけど、二匹とも昨日は命懸けでもぎ取れって……」 「ブラックが褒めて俺も褒めたんじゃ締まらねえからな。適当に厳しめのセリフ言ってみた」 「さすがホワイト、アメとムチだね」 ……気紛れ戦士は発言も気紛れだった。 「昨日ブラウンが一匹倒したし、今日は戦い休みな」 「賛成。昼寝日和だし」 ……やっぱそうなります? ぬこレンジャーはこの町でぼちぼち戦ってます。
※2015年4月に執筆。 ※『時空のはざまより』第28回「根古野町の空の下」の続編になりますが、本作単体でも楽しめるように書いたつもりです。
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