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作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第7回   ある母娘の春休みの一コマ【テーマ:通学路】
 義母は最後まで不満げだった。
「母親ってだけで親権はあっちだなんて。晃が引き取ったほうが経済的にも安心だし、私も面倒見るのに。学校に上がってもこっちなら歩いて五分で行けるのよ。知美さん、実家で生活するんでしょ? お母様、田舎で一人細々と暮らしてたのに大変よねえ。萌ちゃん、お友達と別れて寂しいわよ。苦労しそうだし、可哀そう」
 ようやく夫と義母から解放される。春になる前に離婚が成立してホッとした。

 かつて自分が六年間通った道を萌と歩く。母には三十分後の車での迎えを頼んだが、萌の様子次第では途中連絡もあり得る。
「こんにちは!」
 庭に出ていたフサさんや畑に向かうタミさんに、萌は元気よく挨拶する。私の子供時代を知っている近所の人達。出戻って二か月、周囲の変わらない温かさが有難い。
「こんにちは。どけ行っとな?」
「小学校。ママが、入学式の前に一回歩いてみようって」
「気い付けて行っきゃいよ」
 笑顔に見送られながら、狭い路地を行く。集落の区切りの十字路に出ると、道幅が少し広がる。車が来ないか萌に確認させてから直進する。橋を渡り、左右に水田を臨みながら歩道の無い道を進む。稲の苗が風に揺れている。早期米が主流のこの地域では春休みが田植え時だ。
「落ちないよう気を付けて」
 萌の手を強く引く。むき出しの深い側溝があるのだ。ガードレールが設置されているのは一部分のみ。
「ママは落っこちたことある?」
「風が強い日に落ちそうになったことはあるけど、落ちたことは無いよ。――ほら、車」
 二人で端に寄る。車通りは少なめだし見通しもいいけれど、やはり常に周囲に気を配らなければ。
 大きなカーブを曲がると、私が下校中によくさっちゃんと四つ葉のクローバーを探した空き地がある。さっちゃんは一緒に登下校していた近所の同級生だ。今の空き地には背の高い草がびっしり生い茂り、クローバーは見当たらない。
(萌がここに寄ることは無さそう。そもそも放課後は学童だしね)
 萌がどこかに寄り道して帰るのは高学年になってからだろう。今の集落には萌以外に小学生はいないけれど、その頃には一緒に帰る友達ができているだろうか。
 空き地の隣の建設会社の事務所と資材置場を過ぎると上り坂になる。左右には段々畑。途中から勾配が急になり、石垣の家々が現れる。
「萌、大丈夫?」
 小一の頃の私のように、前傾姿勢で懸命に歩いている。
「もうちょっとで平らな道になるからね」
 萌は頷いた。坂を上り切ると、四百メートルほど平坦な道が続く。家が並ぶ集落の中をまっすぐ進み続ける。懐かしいが、改築したり立ち退いたりした家もある。
(ここも……)
 下り坂の手前の個人商店が潰れて空き家になっていた。登校中、よくおばさんに時刻を尋ねていた場所だ。
「あ、おばあちゃんだ」
 車の音と萌の声が私を感傷から引き戻した。母が運転席から手を振り、通り過ぎていく。
「萌、ここを下り切って交差点を右に曲がったら、すぐ小学校だよ。最後まで歩ける?」
「うん!」
 萌の足取りが軽くなった。

 疲れたのか、萌は夕食中から目をこすっていた。布団を敷いてやると、すぐ横になって眠った。
(片道五分の通学なら楽だったかも……)
 義母の言葉が小さな棘として甦る。
「四十分かかったね。小柄の萌にはきつい道のりかも」
 食器を片づけた後、母に漏らした。
「そのうち慣れるし体力もついてくるわよ。知美もそうだったでしょ。遠くて疲れるって初めは言ってたのに、さっちゃんと走って行くようになって」
「確かに。……二十年ぶりに歩いて思ったけど、子供には結構怖い道だね。側溝の蓋とかガードレールとか整備してほしい」
「知美の頃から変わってないね。主要道路じゃないし事故が起きてないから、ほったらかしなのかも。――アンタ、その危ない道をよく本読みながら帰ってたじゃない」
「ああ、やってたね。危ないからやめろって何度も怒られた」
 思い出して苦笑する。図書館で借りた本を早く読みたくて我慢できなかったのだ。
「周りを全然見てないのに、すっと電柱避けて、溝にも落ちないで。器用さに感心したけど、あれはホント危ないわ。萌は学童に行くから、当分知美の真似はしないだろうけど」
「いや、真似しちゃ駄目でしょ」
 二人で笑い合った。
「……でも、萌一人で登校って大丈夫かなあ?」
「私も知美が入学した時は心配したけどね。お父さんなんかこっそり後つけてた。だけど、ずっと親が付いてるわけにもいかないし、通学も子供の成長のチャンスだもの。道のりが長い分いろんなことを学べるし、いろんな思い出もできるじゃない。不安なら、また一緒に歩いて教えてあげたら?」
 母の言うとおりだ。棘なんか気にしなくていい。
 私と同じ小学校、同じ通学路。萌はどんな思い出を作っていくのだろう。私はそっと襖を開け、萌の寝顔をのぞいた。




※2015年4月に執筆。


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