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作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第52回   誤算【テーマ:報酬】
 彼らは『影疾風』と名乗っていた。要求する報酬は高額だが、引き受けた依頼は完璧に遂行する。持ち込まれる案件は法やモラルに反するものがほとんどだ。各々が持つ知識とスキルを活かし、時に多額の費用をかけ、あらゆる依頼を鮮やかに成し遂げる。彼らは自分たちの仕事に自信と誇りを持っていた。
 殺し屋のSは『影疾風』の窓口役も兼ねている。この日、Sは地味な風貌の青年と会っていた。この青年は何年もかけ独自の美少女ゲームを制作していたが、完成直前に一切のデータと資料が消失。ほどなくある企業が新作ゲームを発表し、爆発的な人気となった。それは青年が手掛けていたゲームと瓜二つだった。
「『にゃふにゃんの吐息』は僕の全てを注いだ最高傑作なんです! なのに……!」
 青年は開発中のゲームを横取りされたと訴えたが、証拠が無い。逆に企業から名誉棄損だと脅され、ゲームの愛好者たちからは「『にゃふにゃん』を汚すな!」と礫を投げられる。
「もう生きてるのが嫌になりました。でも、僕が死んでもあいつらは『にゃふにゃん』で儲け続け、『にゃふにゃん』を楽しみ続ける。それが許せない。『にゃふにゃん』は僕だけのものだ! 僕は『にゃふにゃん』と共に消えてやる!」
「つまり、あなたとそのゲームをこの世から抹殺してほしいということですね」
 Sは冷静に依頼の趣旨を確かめた。依頼者への同情も同調もプロには不要だ。
「苦痛無く、かつ遺体が残らないよう僕を殺してくれますか?」
「いいですよ」
 化学のエキスパートDが作った薬品がある。
「奪われたデータも、一千万以上ダウンロードされてる『にゃふにゃん』も全部……」
「消去可能です」
 天才ハッカーFがいる。
「僕が存在していた痕跡も全て消して下さい。写真や映像も、戸籍も、学業や仕事の記録も、各種契約も、ネット上のやりとりやアクセス記録なんかも、何もかも」
「徹底的に、ですか。少々骨は折れますが、できますよ」
 元探偵Gや盗みのプロHにも腕前を発揮してもらおう。
「あと、僕に関わった全ての人の記憶からも僕を削除してください」
 それまでポーカーフェイスを保っていたSだが、思わず目をしばたたかせた。
「いや、さすがにそれは……」
「できないんですか? あなたたちを信じて必死で億単位の報酬用意したのに。親の遺産とか全部処分して、金霊(かなだま)と交信して、ヤホア統計学駆使して、万馬券やスクラッチ当てるのにどれだけ苦労したと思ってるんですか」
 その怪しげなスキルと手に入れた金で人生を楽しむという考えは無いのか? よぎる思いをSは口には出さなかった。そんなことより『影疾風』に対する信用が危うい。
「どんな依頼もパーフェクトにこなす、不可能は無いって嘘じゃないですか。看板に偽りありだ、言いふらしてやる!」
「『影疾風』に不可能はありません!」
 Sは青年の目をまっすぐ見返した。
「少しだけ時をいただけますか? 『影疾風』の名にかけて、必ずご要望に沿える方法をご提示します」
 Sの報告を聞いたメンバーたちは息巻いた。
「上等だ! お望み通り、この世から完全に抹消してやろう!」
「金額以外の理由で依頼を断るなど、我々のプライドが許さない!」
 具体的な方法を協議し始める。物やデータの消去についてはいくらでも手はあるが、厄介なのはやはり人々の記憶からも依頼者を消すという点だった。
「誰がどんな形で依頼者を覚えているか、把握しきれるか?」
「大人数のピンポイントでの記憶消去というのもなあ……」
 あくまで跡を濁さず、スマートに。『影疾風』のポリシーだ。
「元々依頼者がいなかったかのように、か……」
 Hの呟きに物理学者のJが反応した。
「――存在しなかったことにすればいいじゃないか」
 皆の視線がJに注がれる。
「タイムマシンを使って過去を変えてしまえばいい。依頼者がこの世に誕生しないなら、彼にまつわる書類もデータも記憶もゲームも存在しなくなる」
 確かに過去を改竄できれば全ての条件をクリアできる。
「でも、可能なのか? 可能だとしても、今からタイムマシンを作るとなると……」
「もう完成してる。あとは微調整だけだ」
「いつの間に……」
「余暇の過ごし方も報酬の使い道も個人の自由だろ」
 依頼主の青年の了承を得、先払いで報酬を受け取った『黒疾風』のメンバーたちは、Jのタイムマシンで過去へ渡り、青年の両親の出会いやデートを巧みに妨害した。受胎のタイミングがずれれば、生まれたとしても依頼者とは別人だ。
「今後、面倒な案件はタイムマシンで解決だな」
「腕がなまっても困るけどな」
 現在に戻ったメンバーたちは、青年からの依頼を遂行したことを確認した。だが――
「報酬が……消えた……」
 依頼者が生まれていない世界に、依頼者からの報酬が存在しないのは当然だった。




※2018年3月に執筆。


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