きょとんとする瑛司に私はもう一度告げた。 「赤ちゃんができたの。三か月だって」 瑛司の顔に喜びと責任感が入り混じる。 「結婚しよう。未羽もお腹の子も必ず幸せにする」 瑛司のプロポーズに私は頷いた。 翌週末、私の実家へ二人で挨拶に行った。結婚と妊娠、ダブルでめでたいと両親は祝福してくれた。次の週末には瑛司の実家を訪ねた。 「初めまして。多倉未羽と……」 「このあばずれ! どうやって瑛司をたぶらかしたの!?」 初っ端から瑛司の母親の罵声を浴びた。 「母さん、違うって。未羽は……」 「あなたみたいなふしだらな女が瑛司の嫁だなんて、認めませんからね!」 「玄関で何怒鳴ってんの?」 廊下に若い女性が顔を出した。 「渚……なんでいるんだ?」 瑛司は面食らい気味に女性に尋ねる。 「お茶出し係が必要かなって。義理のお姉さんの顔も拝みたかったし、私もこっち来ちゃった。――初めまして、妹の渚です。ふつつかな兄ですが、よろしくお願いします」 「渚は引っ込んでなさい!」 「ママ、落ち着いて。ご近所に丸聞こえだよ。とりあえず上がってもらえば?」 母親は仏頂面のまま私たちを二間続きの和室に通した。奥の部屋に仏壇と遺影が見える。五年前に他界した瑛司の父親だとすぐわかった。 「あの……お線香あげさせていただいても……」 「赤の他人にそんなことしていただかなくても結構」 ぴしゃりとはねつけられた。 「未羽、おいで。俺が父さんに未羽を紹介するから。――父さん、俺の嫁さんになる多倉未羽さん。お腹に父さんの孫もいるよ」 「瑛司!」 母親がヒステリックに叫ぶ。 「電話でも話しただろ? 俺は元々結婚を意識して未羽と付き合ってたって」 「結婚前に身籠るようなふしだらな女を選ぶなんて……!」 「……申し訳ありません」 私は謝るしかなかった。 「順序が逆になったのは俺にも責任がある。でも、今時珍しくないだろ? 未羽の両親は全然気にしてなかったし、むしろ喜んでくれた。もちろん母さんには母さんの考えがあるだろうけど、これから俺たちが築いていく家庭を見て判断してほしい。俺だって生半可な気持ちで結婚するわけじゃない」 「瑛司は甘いのよ! そんな女と一緒になったってうまくいくわけないわ!」 「そんな女っていうけどさ、ママはお兄ちゃんが連れてくる女性は誰でも気に入らないんじゃない?」 渚さんが口を挟んだ。 「お兄ちゃんを盗られたみたいで、未羽さんに嫉妬してるんでしょ?」 「馬鹿言わないで。瑛司を誘惑して妊娠を盾に結婚を迫るような女を、うちの嫁として認めるわけにいかないの!」 「へえ、じゃあママも嫁として認められないね。パパとママ、デキ婚でしょ?」 渚さんの言葉に母親の顔が強張った。 「な、何を根拠に……」 「なんで結婚記念日教えてくれないのか、ずっと疑問だったんだよね。短大の時、パスポート申請で戸籍謄本取り寄せて気付いたの。入籍日、お兄ちゃんの生まれる四か月前になってた。入籍前に妊娠してたってことだよね?」 「た、たまたま婚姻届を出すのが遅れただけよ」 母親は明らかに動揺している。 「お兄ちゃんたちもたまたま妊娠が先だっただけじゃん。ママに未羽さんを責める資格あるかなあ?」 母親はもう何も言わなかった。
「今日はありがとな」 門の外まで見送りに出てくれた渚さんに瑛史は礼を言った。 「渚が助け舟を出してくれるとは思わなかった。俺、お前には嫌われてるとばかり……」 「私も一人暮らししたり社会に出たりで少しは大人になったからね」 「渚さん、本当にありがとうございました」 私も頭を下げた。 「未羽さん、敬語はやめてよ。私のほうが年下だし、家族になるんだし、ね?」 「そう……ね」 「今日は疲れたでしょ。ゆっくり休んでね。――お兄ちゃん、さっさと車とってきてあげたら? 妊婦は労らなきゃ」 「わかったよ」 苦笑交じりに瑛司は少し離れた駐車場所へ向かった。 「――本当はお兄ちゃんの子じゃないんでしょ?」 「え……?」 唐突に言われて戸惑う。 「真野さんだっけ、あの背が高い髭の上司。托卵なんて、二人ともいい度胸してるよね。あ、不倫に毎回同じホテル使うのはやめたほうがいいよ」 「なんで知って……」 「時々すれ違ってたもん。私の彼も何人かあそこのポイントカード持っててさ。偶然お兄ちゃんとデートしてるとこ見かけて顔覚えてたし、気になってちょっと調べたら……ね」 言葉が出てこない。 「安心して。今んとこ告げ口するつもりはないから。パパもママも昔からお兄ちゃんばかり可愛がってさ。血の繋がらない子供、血の繋がらない孫とも知らず……。いい気味だわ」 この女……。渚の笑顔が怖い。 「これからよろしくね、お義姉様。色々お願いすることもあると思うけど」 瑛司が車で戻ってきた。
※2018年1月に執筆。
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