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作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第50回   2 plus 1【テーマ:弁当】
 夕食後に翌日のお弁当の仕込みをするのが私の日課だ。青椒肉絲に使うピーマンと筍を細切りにし、唐揚げ用の鶏肉を大きめの一口大に切る。切った鶏肉は塩麹で揉みこみ、生姜と大蒜、醤油を加えて一晩漬けておく。副菜は作り置きしてある野菜と茸のマリネにきんぴらごぼう。明日の朝は卵焼きを作り、メイン二品を仕上げて三人分の弁当箱に詰めるだけだ。
 後片付けをしていると、妹の莉那が不機嫌気味な顔で帰ってきた。
「平井さんと映画観てくるんじゃなかったの?」
「そのつもりだったんだけどさー。慧吾さん、疲れてるから映画はまた今度って、食事だけ。いつもはアパートの前まで送ってくれるのに、今日は現地解散だよ? ひどくない?」
(愚痴るより、疲れてる恋人を労るのが先じゃない?)
 こういうワガママな部分が可愛いと男性は思うのだろうか。まだ会ったことのない平井さんに思いを馳せる。
「もっとデート楽しみたかったなー」
「会社で毎日会ってるくせに」
「仕事中はいちゃつけないじゃん。第一、部署が違うし」
「でも、社内で堂々とお弁当渡してるんでしょ?」
 社内恋愛に寛容な社風なのか、莉那たちが無頓着なのか、両方か。上司や同僚がいる中で、なんて私にはできない。
「まあ、家庭的な彼女だって思われてはいるかもね」
「……アンタ、まだ職場の人には隠してるわけ?」
「わざわざみんなに言う必要ないじゃん、『姉が作ったお弁当です』なんて」
 莉那はあっけらかんと答える。

 莉那が私のアパートで居候を始めたのが三か月前。両親に甘やかされ――二度の流産の後に授かった莉那は特別可愛かったのだろう――ぬくぬくと三食おやつ付き家事負担ゼロの生活をしていた莉那だが、夜遊びや外泊ができないからと――両親が唯一莉那に口うるさい点だ――実家を出てきた。実家では通勤が不便だからというもっともらしい言い訳で両親を納得させ、完全な一人暮らしではなく煩わしい家事を全部やってくれる姉のところをチョイスするあたり、莉那らしい。莉那に何か家事を任せても手際の悪さと雑さにこっちがいらつくし、結局途中放棄するのが常で私の仕事が増えるだけなので、生活費を多めに入れてもらうことで折り合いをつけている。
「企画部にカッコいい人がいるの。お姉ちゃん、その人にあげるお弁当作ってくれない?」
 莉那には子供の頃からいろんな頼み事をされてきたが、さすがにこれには呆れた。
「彼用のお弁当箱買って来たんだ。これに男性ウケするおかずをさ……」
「自分で作ったら? 私のせいで振られた、なんて恨まれたくないし」
「私作れないもん。絶対お姉ちゃんを恨んだりしないから、ね?」
「嫌よ」
「材料費上乗せして出すし、ケーキも好きなだけ奢るから。お願い!」
 根負けした私は、いつもの自分と莉那の分とは別に男性用のお弁当も作ってやった。
「平井さん、美味しいって喜んでたよ。また食べたいって」
 莉那に空っぽの弁当箱を差し出された。それ以来、私は三人分のお弁当を作り続けている。

「周りに嘘を吐き続けるより、料理の腕磨いたほうがアンタのためだと思うけど」
「慧吾さんは私が料理できないって知ってるもん。ありのままでいいって言ってくれるもん」
 ――そうなのだ。莉那のお弁当作戦が始まってほどなく、平井さんがお弁当の中身について料理名や作り方などいろいろ尋ねてくるようになったらしい。普段料理をしない莉那が全部を説明できるはずはなく、実は姉に作ってもらっていると白状したという。
「ホント、奇特な男性だと思うわ。アンタが家事苦手なの知った上で付き合うなんて」
 その上、お弁当はこのまま私にお願いしたいだなんて。
「それだけ私が魅力的なんだよ。美しいって罪だわー」
「自分で言ってれば世話ないわ」
「お姉ちゃんも彼氏作ったら? 妹の彼のお弁当作りって虚しくない?」
「アンタが頼んだんでしょ」
 平井さんからの依頼でもあるけど。
「明日もよろしくねー。私、お風呂入る」
「その前にお弁当箱出してよ、洗うから」
 莉那から二人分の弁当箱を受け取った。莉那が部屋に入ったのを見計らい、大きめの弁当箱を包んでいるハンカチを開く。弁当箱の上のメモ用紙が目に入り、胸が高鳴る。
『今日も美味しかったです。特にアスパラと人参の肉巻きが絶品でした』
 少し右上がりの角ばった字を何度も読み返す。莉那の嘘が発覚した直後から始まった、平井さんからの私へのメッセージ。莉那はこの件に関して何も言ってこないし、メモが入っていない日もある。平井さんは莉那に内緒で書いているのだろうか。
(お弁当の感想と謝意だけだし、隠す必要ないはずだけど)
 だが、私も莉那には伝えていない。
(明日も喜んでくれたらいいな)
 まだ見ぬ平井さんの笑顔を想像しながらメモをエプロンのポケットにしまい、弁当箱を流しに運んだ。




※2017年12月に執筆。


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