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作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第49回   『迷い』の果てに【テーマ:迷い】
 真実を伝えることこそジャーナリストの使命。その信念のもと、岸田はいくつもの記事を書いてきた。だが……
(この『真実』だけは公表しないほうが世のためだろうか? 知らしめたところで多くの犠牲と不幸を生むだけだ。真実は時に残酷だとわかっているが、さすがにこれは……)
 岸田は悩んだ。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 五行打ち込んだところで止まっている書きかけのWord文書。――ダメだ、今日も続きは書けない。パソコン画面から目を離し、ため息を吐く。
 今回の時空モノガタリ文学賞のテーマは【迷い】だ。十日前、記事を書くべきか否かで葛藤するジャーナリストのイメージがスパーンと降りてきた時は「いける!」と思ったのだが……。
 一応、この後のストーリー展開として三通り浮かんではいる。一つは迷った末に記事にした岸田が起こった悲劇に涙するシリアス展開。二つ目は、途中までの流れは同じだが、岸田自身も犠牲になる展開。三つ目は、『真実』の内容を明かさずに岸田が深刻に悩む描写で散々引っ張り、実はしょうもない些細な『真実』だったというオチのギャグ展開だ。どの展開にするか決めかねている……というより、シリアスにせよギャグにせよ、肝心の『真実』の内容を思いつかないのが一番のネックだ。ちゃんとプロットを作ってから書いたほうがいいのだろうけれど、テーマ【迷い】の締切まで一週間を切ったし、書いているうちにキャラクターや具体的な場面が膨らんで物語全体の形がはっきりしてくることもあるので、とりあえず唯一固まっているイメージを文章にしてみたのだが……。四日経っても物語の形はぼやけたままで、執筆は一向に進まない。
 もうこの話を書くのはやめにして、別の話にするか? 携帯のメモ帳を開く。私はいつも最初にそのテーマから連想するもの、思い浮かんだものを片っ端から携帯に打ち込み、それを発想メモとしている。後から思いついたものはその都度追加入力する。――「結婚への迷い」、「進路」、「髪型をどうするか」、「店を畳むか続けるか」……。うーん、どれもありきたりでパッとしない。素材は平凡でも情景や心情を掘り下げて丁寧に繊細に描ければいい作品になるんだろうけど、私にそんな技量は無いからなあ……。やはりジャーナリストの話を頑張って仕上げるべきか?
 締切まであと三日。締切前日の日曜を丸々執筆に充てたいところだが、日曜は用事で一日出かけなければならない。……もう今回はパスにしようか? でも、手話検定の勉強で三か月近く執筆を休んでたからなあ……。検定が終わったら再開すると決めてたし、安易なパス癖がつくのも怖いし。
 だけど、今の段階でストーリーが固まってない上、執筆に割ける時間も限られているとなると、【迷い】の締切に間に合わせるのはかなり厳しい。今日は金曜……と思いきや、時計が夜中の一時を指していることに気付く。今日はもう土曜日なのだ。日付が替わったことで、さらに焦りと迷いが増す。
 思い切って今回はパスし、気持ちを切り替えて次のテーマで頑張ったほうが却っていいだろうか? 次回のテーマは……【ホラー】か。苦手分野だなあ……。まあ、得意分野があるわけでもないけど。【ホラー】よりは【迷い】のほうがまだ書けそうな気がする。……って、早々に次回のパスを決定するつもりかよ、自分。
 うう、マジでどうしよう? ジャーナリストの岸田君の話を無理矢理作り上げるべきか? だが、『真実』の内容が決まらないことには筆の進めようがない。シリアスでもギャグでもいいから、何か物語に使える『真実』はないか、無い知恵を懸命に絞ってみる。……が、何のアイデアも浮かばない。やはり今回はパスが無難か? いや、【迷い】から執筆再開と決めてたし、書き上げるべきじゃないか? だけど、シリアスとギャグ、どっちでいく? 何より『真実』の中身はどうする? ……あー、もう岸田君の話は諦めて別の話に切り替え……ようにもこれという妙案があるわけじゃないしなあ……。こんなんで期限内に投稿できるのか? ……ああ、そろそろ休まないと明日……じゃなかった、今日の仕事がきつくなる。やっぱりパス? いっそのこと、このまま筆折っちゃう?
 ぐるぐる同じところを回っていた思考が、体の疲れも相まって投げやりモードに突入しかける。今夜はこの辺で切り上げて休んだほうがよさそうだ。しかし、どうしたものか……。
 Wordを閉じ、パソコンをシャットダウンしようとしたその時――ふと閃いた。私は先ほどのWord文書をもう一度開いた。そしてカーソルを文末に移動し、Enterキーを三回押してからこう打ち込んだ。

「五行打ち込んだところで止まっている書きかけのWord文書。」




※2017年11月に執筆。


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