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作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第43回   一番の失敗は【テーマ:失敗】
 我ながら損な性分だと思う。日頃散々迷惑を被ってるのに、たった二日音信不通なくらいで心配してアパートを訪ねるなんて。でも、彼女は着信や受信に気付いたら必ず折り返してくるはずなのだ。担当編集者としての立場や責任も勿論あるけれど、腐れ縁の幼馴染への情に突き動かされていると自覚する。
 表札プレートに書かれた『ナーナ・レイザーストーン』の文字。生粋の薩摩オゴジョのくせに、この変なペンネームを生活全般で押し通す(周りにもこちらの名で呼ぶよう強要する)彼女は馬鹿なのか、一種の天才か。私は時折考え込んでしまう。
「ナーナ、いる?」
 チャイムを鳴らしてもノックをしても返事は無い。先月強引に渡された合鍵で部屋に入ってみた。――彼女の姿はどこにも無い。机の上の畳まれたノートパソコンが寂しげだ。携帯は持って出たらしい。……あれ? ノートパソコンに紙が挟んである。私はディスプレイを開き、その紙を手に取った。
『一番の失敗作はボク』
 ……何、この意味深な殴り書き。スリープ状態が解除されたパソコンの画面には、彼女が打った箇条書きのメモが。
『時空モノガタリ文学賞【失敗】発想メモ』
 彼女はわが阿呆鳥出版(社長が道楽で作った超マイナー出版社)と契約している妄想家(彼女はこの肩書を好む)だけど、小説サイトにも投稿している。
『美容院で大失敗』
 これは経験ある人多そう。
『失敗続きの男』
『こいつとの結婚は失敗だった』
『カーナビに頼って失敗』……
 思いつくままに、って感じ?
『合唱コンクールで一人だけ一小節早く歌い出す』
 あ、小五の時のアレね。彼女自身の失敗談だ。
『オードリー・ヘプバーンの仮装ウケず』
 高校の体育祭での仮装行列だ。彼女は黒ワンピにサングラス姿で『大鳥ヰ』と書いた色紙をノリノリで配り歩いたけど、観衆の反応は冷たかった。
『バイト中、よろけて客にうどんをぶっかけた』
『渾身のボケツイート、すべりまくり』
(中略)
『【304号室】落選』
『【クリスマス】落選』
『【平和】落選』
『【タイムスリップ】落選』……
 最後は時空モノガタリ文学賞の残念な結果の羅列。うちの社長は彼女の文章にベタ惚れだけど(彼女の起用は社長の独断)世間はそう甘くない、と。なるほど、これだけ自分の失敗を列挙していけば自分がダメな人間に思えてくるだろう。普段は自己中で周りを振り回してばかりのくせに根暗な彼女は、超ネガティブモードになって行方をくらませてしまったのだろう。まさか早まったことして……ないよね? 昔、ただの風邪を難病と思い込み、泣きながら遺書をしたためたことがあるけど。……どうしよう、滅茶苦茶不安になってきた。
 再度携帯にかけてみたけど、やはり圏外か電源オフ。メールは昨日から二十通以上送ってる。ガラケー派の彼女はLINEとかやってないし。もう原稿依頼どころじゃない。自分は失敗作だと卑下し思い詰めてる彼女は、何を仕出かすか。確かに面倒臭い人だし付き合うのは疲れるけど、やっぱり彼女は私の大切な――
「失敗作なんかじゃないから……帰ってきて……」
 嫌な想像ばかりしてしまう。泣きそう……。
「なんだ、トウちゃんか」
「……ミコ!?」
 音も無く部屋に入ってきたのは、当の幼馴染。
「本名で呼ばないでよー。鍵開いてたから、ついにボクにもストーカーが現れたかとワクドキしながらそーっと覗いたのに」
 アンタをストーカーするのは余程の物好きだと思う。ていうか、ストーカーされるの嬉しい?
「そういや合鍵渡してたねー。何か用?」
「用って……来月号、ナーナにもう一つ書いてほしいって社長が。一昨日から携帯に連絡入れてるのに」
「ゴメンゴメン、充電切れててさ。確認する余裕無く飛び出しちゃったから」
「……自分はダメ人間だって思い詰めて?」
「あの紙とパソコン見たの? うん、自分の失敗の数々を振り返るうちに消えたくなっちゃって。でも、心残りがあってさ。『ヴェリ』のケーキ全制覇とか『パモ』の限定ランチとか」
 食べ物かい! この人らしいけど。
「お店巡りしてるうちに落ち着いて、気付いたんだ。失敗を失敗だと考えるのをやめたらいいって」
 そうね、何事も前向きに捉えなきゃ。
「ボクが失敗したんじゃない。周りのせいだって」
 ……おい。
「合唱はみんながボクに合わせれば済んだ話だし、うどん屋のお客さんはそこにいたのが悪い。仮装はボクがハイセンス過ぎただけ、小説の評価が低いのは読者や事務局さんの見る目が無いんだよ」
 ちょっと、怒られるよ!
「その点、お宅の社長はボクの才能を理解して偉いよね。いくらでも書いたげる、OKだって伝えて」
 ……こんな奴を心配した私が馬鹿だった。いい加減縁を切りたい。でも仕事が絡んでる。同じ時代・同じ地域に生まれたのがそもそも失敗だったのか。頭痛がしてきた。




※2017年3月に執筆。


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