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作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第42回   『タコ唐八ちゃん』のキセキ【テーマ:都市伝説】
 Q県の駄菓子メーカー『青丸製菓』は危機に直面していた。一番の取引先である地域大手のスーパーが全店舗で契約を打ち切ると言ってきたのだ。
 主力商品は『タコ唐(から)八ちゃん』だが、知名度と人気は今一つ。新商品の開発にも取り組んでいるが、どれも鳴かず飛ばずで売上向上には結びついていない。新たな販路開拓を期待して起ち上げたオンラインショップは、年に数件小口の受注があるのみ。先行きの見えない弱小企業に銀行は冷たく、融資は受けられない。このままでは倒産へ一直線だ。起死回生の一手を見出すべく、社内では連日会議が行われていた。
 ある日、商品開発部長が若い部下を会議に連れてきた。この男がコストゼロの奇策を思いついたという。
「赤内と申します。よろしくお願い致します」
 幹部や各部署の責任者たちを前に、青年は堂々と挨拶した。早速意見を述べ始める。
「日々新商品を考える立場でなんですが、わが社のイチオシはやはり『タコ唐八ちゃん』だと思うんです。ネットの力を使って『タコ唐八ちゃん』ブームを作ってはいかがでしょうか」
「公式ツブッチャーやフェイスページズで何か仕掛けるつもりかね? 今のところフォロワーは身内だけだが」
「いえ、使うのは個人のアカウントです。それと2.2ちゃんねるのオカルト板」
「オカルト板?」
 会議の出席者たちは一様に怪訝な顔をした。
「昔、口裂け女というのが流行りましたよね? それに似た存在をでっち上げてネットの掲示板に書き込むんです。『足斬り女』というのはどうでしょう? あなたの足を頂戴と言って斧を手に追いかけてくるんです。目印は黄色いコート、事故で両足を失ったわが子の新たな足を求めて彷徨っている。オカルト好きなら掲示板に反応を返して来たり、SNSで紹介したりしてくれるはずです。彼らだけに頼らず、我々も複数のツブッチャーアカウントで『足斬り女』のことを呟きます。この手の話が好きな人は結構いますし、単なる話のネタとしても扱いやすいですから、後は勝手に広まっていくはずです。パソコンやスマホが普及している分、口裂け女の時よりも全国に浸透するのは早いと思います」
「……そんな妙な噂を流したところで、商品が売れるとは思えないが」
 赤内は自信満々に話すが、出席者たちはしらけ気味だ。
「本題はここからです。ある程度『足斬り女』の噂が広まったら、今度はその撃退法をネットに書き込んで拡散させるんです。『足切り女』から逃げ切るにはあるものを投げつけたらいい、と。そのあるものとは……」
「『タコ唐八ちゃん』か!」
 ようやく話が繋がり、感心したように頷く者が出てきた。
「最初は商品名を出さない方がいいと思います。どうやら『足斬り女』にはタコが有効らしい、くらいに留めておいたほうが。しかし、普段タコを持ち歩く人なんていませんからね。ヒントを小出しにして閲覧者が『タコ唐八ちゃん』にたどり着くよう誘導するんです。拡散は我々もツブッチャーで後押ししましょう。形も味もしっかりタコで、手軽に携帯できる『タコ唐八ちゃん』は最高の『足斬り女』対策だ。そう世間に認知されれば、爆発的に売れます」
 一通り説明を終え、赤内は出席者たちの顔を見渡した。まだ半信半疑の者が多いようだ。
「そんなにうまくいくだろうか? 『足斬り女』など信じないという人が大多数じゃないか?」
「確かに百パーセント信じ込む人は少ないでしょう。ですが、口裂け女が流行った時、ポマードを三回唱えればいいと心の片隅で準備していた人は意外と多かったのでは? 口裂け女の好物であるべっこう飴をポケットに忍ばせて登校した子供もかなりいたとか。そういう心理は今も同じだと思います」
「食べてもらってこその『タコ唐八ちゃん』だ。インチキなお守りみたいな扱いはどうかと思うが」
「話題になれば興味を持って食べる人も増えるでしょう。美味しさが見直されるきっかけ作りだと考えていただければ」
 結局、経費をかけないことと、問題が起きた場合の一切の責任は赤内個人が負うことを条件に、この案は黙認されることになった。

 四か月後、赤内は経営企画室副室長というポストを与えられた。赤内のアイデアは見事に当たったのだ。特別賞与と昇給にホクホク顔の赤内は家路を急いでいた。
「すみません、あの……」
 小さな路地に入ったところで女性に声を掛けられ、赤内は足を止めた。街灯が白っぽいコートと整った顔を照らしている。三十代半ばほどだろうか。
「申し訳ありませんが……」
 女性が歩み寄ってくる。光の当たり方が変わり、赤内は女性のコートが淡い黄色であることに気付いた。――何故右手を後ろに隠したままなんだ?
「あなたの足、下さいません?」
 女性が斧を振り上げる。驚きと恐怖で赤内の体は硬直した。『タコ唐八ちゃん』を取り出す余裕などなかった。




※2017年3月に執筆。


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