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作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第40回   彼の〈304〉【テーマ:304号室】
 菅の提案に藍田は感心したように頷いた。
「北欧調の中にオリエンタルテイストを混ぜ込む、か。なるほど」
「暖炉を活かしつつ、ありきたりな構図は回避できるかと」
 藍田は食品加工会社の社長、菅は家具やインテリアのレンタル会社の社員だ。前任者から藍田の会社とのリース契約の担当を引き継いで二年、菅は定期的に藍田のもとを訪れている。だが、今回の呼び出しはいつもとは違う。
「別荘をペンションにしようと考えているんだが、どういう内装にするか悩んでてね。君のセンスを見込んで意見を聞きたいんだ。明日空いてるかい? 片道三時間の山中だから、日曜くらいしか行けなくてね」
 昨日藍田から電話があり、菅は二つ返事で了承した。うまくいけば新たな契約が取れる。別荘には藍田の運転で来た。一階を内見した菅は、早速一つのコンセプト案を提示したのだ。
「思いつくのが早いな。それとも、さっさと終わらせて帰って彼女とデートでもしたいのかい?」
「そういう相手がいたらいいのですが」
 苦笑交じりに返しながら、菅は初っ端から飛ばしすぎたかと反省した。
「おや、君は女性には積極的に行くタイプだと思っていた」
「え、私はそんなイメージですか?」
「……なんとなくだよ。勝手な思い込みを失礼した。――今の配置プラスα、というのはどうだい?」
「客を呼び込むには少々弱いかと。でも、シックで素敵だと思います。藍田社長のお見立てですか?」
「元妻の置き土産さ。二十年前に娘を連れて出て行った。娘はよく会いに来てくれたが、もう……いない」
 藍田の口調と表情に悲しみが滲む。
「すみません、そんなご事情とは知らず」
「……プライベートのことはあまり話してないからな。――うん、君の案の方が良いね。厨房から談話室まで繋がりが出る。さ、二階と三階も案内しよう」
 藍田がいつもの調子に戻った。
 二階には浴室と三つの部屋があり、各部屋のドアには三ケタの数字が彫られた木製のプレートが打ち付けられていた。
「〈201〉、〈202〉、〈203〉。部屋番号ですか?」
「気が早かったかな。私が作ったんだ」
「藍田社長が? お上手です」
 一部屋ずつ中を確認したが、どの部屋もシンプルで最低限の家具しか置かれておらず、どうとでも模様替えできそうだった。ペンション全体の雰囲気を統一するのか、部屋ごとに個性を出すのか、藍田の希望を聞いてからいくつか具体案を絞った方が良いと菅は思った。
「外から見てわかったと思うが、三階は一部屋だけでね」
 階段を上った突き当りにドアがあった。やはり手作りの部屋番号のプレートが付いている。
「〈304〉……? 三階で四部屋目だからですか?」
 藍田は答えず、ドアを開けて中に入った。菅も後を追う。――淡いピンクのカーテン、可愛らしい水玉模様のラグマットとベッド、ハート型のクッション。片隅の小テーブルにはフォトフレームがいくつも置かれている。
「……ここは娘のお気に入りの部屋だったんだ」
 藍田がぽつりと言った。
「わが子ながら美人でね。写真があるだろう?」
 藍田に促され、菅はフォトフレームの前に移動した。
「可愛いだろう。勉強もできて、自慢の娘だった」
 写真は成長過程に沿って並べられている。幼年期、小中学生時代、高校生――。菅は写真を凝視した。
(この子は……)
「名前は紗和。月村紗和だ。大学一年の時に……」
 菅が震え出した。
「……やはり君だったか。紗和を殺したのは」

 藍田は別荘の全ての部屋にガソリンを撒いた。一階に戻り、両手両足を縛られ猿轡の下で呻く菅にもたっぷりとかけてやる。
 殺してはいないと菅はしどろもどろに弁明した。だが、この男が紗和を汚し死に追いやったのだ。藍田は憎んでも憎み足りなかった。
「〈304〉は紗和が死んだ部屋という意味だ。この部屋で首を吊っている娘をみつけた私の気持ちが、君にわかるか?」
 娘の写真の前で藍田は菅に迫った。
「……卑劣すぎるだろ。覆面で顔を隠し、ナイフで脅して無理矢理……。君は紗和の純潔を奪い、紗和の心を殺した。そして命まで殺したんだ!」
「も、申し訳……」
「謝罪などいらん! よくも今までのうのうと……!」
 藍田は拳を握り締めた。
「……ずっと紗和の仇を探してた。今日君を呼んだのは、君が犯人だとはっきり確信するためだ。確信したからには……許すはずがないだろう?」
 藍田は隠し持っていたスタンガンを菅に押し当てた。そして終わりへ向けて準備を整えた。
 ガソリン塗れの菅が懇願するように藍田を見上げる。
「私は紗和のいない世界に未練はない。ただ、犯人だけはこの手で成敗してやりたくてね」
 藍田はマッチに火をつけた。菅に投げつけ、〈304〉へ向かう。
「紗和……」
 写真の娘は笑っている。しばし見入った後、藍田は頭からガソリンをかぶった。




※2017年1月に執筆。


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