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作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第39回   優しさの復讐【テーマ:優しさ】
『  ぼくのお母さん    二年二くみ 木山なおき
 ぼくのお母さんはかえでという名前です。いつもニコニコしていて、ぼくのすきなりょう理を作ってくれます。ぼくがすきなことをさせてくれます。
 ぼくを生んでくれたお母さんは三年前にしんでしまいました。ぼくはかなしくて、さびしくて、何どもなきました。でも、今はかえでお母さんがいるのでさびしくありません。
 ぼくは何でもしてくれるやさしいかえでお母さんが大すきです。』

 ……今思えば、この時すでに俺と尚樹は楓の術中に嵌まっていたのだ。


 昔、俺と楓は恋人同士だった。別れたのは、俺が部長の娘に見初められ猛アプローチされたからだ。彼女と結婚すれば出世は間違いなかった。気持ちが冷めたと俺が告げると、楓は涙ぐみながらも「わかった」と頷いた。俺は部長の娘と結婚し、翌年には尚樹が生まれた。
 ところが部長が急死。男手一つで育った妻はショックが大きかったのか、床に臥すようになった。入退院を繰り返し、尚樹のランドセル姿を見る前に逝ってしまった。
 楓と再会したのはその一年後だった。
「結婚? まだよ。淳がもらってくれる?」
 茶目っ気たっぷりに楓は微笑んだ。俺たちがよりを戻すのに時間はかからなかった。
 料理上手で何でも作ってくれ、一緒に遊んでくれる楓に、尚樹もすぐ懐いた。俺は楓と再婚した。
 楓は仕事を辞めて専業主婦になり、一層甲斐甲斐しく尚樹の世話を焼いた。献立は尚樹が喜ぶものばかりで、尚樹が納得するまでゲームの相手を務め、着替えや翌日の学校の準備まで手伝う。ちょっと甘やかしすぎじゃないかとたしなめると、「一番母親に甘えたい時期に甘えられなかったんだから」とやんわり返される。そこは俺も感じていたので、低学年のうちは大目に見ることにした。家事は完璧、前妻の供養も忘れない楓は、よくできた嫁だった。
 尚樹が小三の時、俺は海外出向を命じられ、単身赴任することになった。二年間の予定だったが、結局プロジェクトが軌道に乗るまで五年間現地で暮らした。電話やメールでのやりとりや年に一、二度の帰国で見る限りでは、楓は少々甘いが良き母親だった。尚樹が中学のサッカー部を三か月で辞めたことには驚いたが、顧問の依怙贔屓に腹が据えかねてのことだと楓から聞かされ、その正義感を嬉しく思った。
 出向後も仕事が忙しく、尚樹と家のことは楓に任せていた。残業から帰ってくると、楓が尚樹の夜食を作ったり片付けたりしている場面によく遭遇した。
「育ち盛りだし、勉強も難しくなってるもの」
 尚樹の様子を見ようと部屋に入ろうとしたが、「勝手に開けんな!」と怒鳴られ、鍵を掛けられた。
「反抗期かもね。私にも乱暴な口を利くし」
 楓はいたって寛容で、笑っていた。
 朝早くに出勤し夜遅く帰る日々が続き、休日も接待ゴルフがあったり一日寝てしまったりで、尚樹とはすれ違いの生活が続いていた。学校の成績があまり芳しくないことや、通知表の出席日数欄で欠席と遅刻が多めであることが少々気がかりだったが、楓がついていれば尚樹のことは大丈夫だと信じていた。
 おかしいと気付いたのは、得意先に向かう途中で自宅に立ち寄った時だ。楓は外出中で、尚樹も高校に行っている時間帯のはずなのに、尚樹の部屋から物音がした。
「尚樹? いるのか?」
俺はドア越しに声をかけた。
「うっせーな。今ラスボスとバトル中、邪魔すんなよ」
「学校はどうした?」
「とっくにやめたっつーの」
 楓に問いただすと、いつもの笑みを浮かべて答えた。
「あら、言わなかった? 尚君、もう勉強も学校も嫌だからやめるって」


 今でも楓は尚樹の優しい母親だ。毎日尚樹の要求通り食事や間食を準備し、部屋まで運んでやる。着替えも全て揃えてやり、欲しがるものは何でも買ってきてあげ、笑顔で何不自由ない引きこもり生活をサポートしている。
「どうしてあの時私がすんなり別れてあげたと思う? その遺影の人が手切れ金をくれたからよ。……本当は淳と別れたくなんかなかった。そんなお金受け取るより、淳と一緒にいたかった。でも、お父さんの手術にまとまったお金が必要で……。屈辱だったわ。だから決めてたの。絶対この借りは返すって」
 微笑んだまま話す楓が逆に怖かった。
「返す前に本人死んじゃったけど、忘れ形見の尚君がいたから。尚君、練習が少しきついくらいで部活辞めたり、勉強も学校も、嫌なことや苦しいこと、面倒臭いことはしない子になっちゃったわねえ。毎日ゲーム三昧で一人じゃ何もできない息子を、あの世からどんな思いで見てるかしら?」
 楓の優しさは復讐だったのだ。
「離婚したければどうぞ。私、いつでも尚君を見捨てられるから。でも、あんな我儘ニート、誰が喜んで面倒見てくれるかしらね?」
 解決策がみつからないまま、三年が過ぎようとしている。




※2017年1月に執筆。


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