タク君は今日も学校でサンタさんに手紙を書きました。サンタさんへの手紙はタク君の秘密の日課です。いよいよクリスマスが近づいています。 手紙をポストに入れて帰る途中、橋の上で釣り糸を垂らすおじさんがいました。 (近頃ここ通るたびにいるけど……) タク君はおじさんに声をかけてみました。 「あの、いつも何を釣ってるんですか?」 「クリスマスツリーです。うちは貧乏で買えなくて」 おじさんは川面の浮きをみつめながら答えます。 「娘が楽しみにしてるので、イブまでには釣り上げて飾りたいんですけど。まだ当たりは無いですね」 おじさんは悲しげに笑いました。タク君は少し羨ましく思いました。タク君はクリスマスをお祝いしたことがありません。サンタさんからプレゼントをもらったこともありません。 「釣れるといいですね」 「ありがとう。頑張ります」 タク君はおじさんと別れて家路を急ぎました。
五歳になるまで、タク君はクリスマスを知りませんでした。クリスマスツリーもサンタクロースも街で見かけてはいましたが、はっきりその存在を理解したのは保育園に通い始めてからでした。 「せんせー、ぼく、サンタさんにお手紙書いた」 「コウ君、なんて書いたの?」 「アンパンジャーの剣をくださいって」 「わたしね、パパと一緒にツリーをキラキラにしたの」 「すごいね、カナちゃん」 「わたし、ママとクリスマスケーキ作るんだよ」 楽しそうに話す先生やお友達の姿に、タク君もワクワクしてきました。クリスマスをやりたいと思いました。 ところが、両親にそう言うと、お父さんはタク君を殴りつけました。お母さんは目を伏せて体を縮こませました。 「クリスマスだと? ふざけるな! イエス=キリストとかいう大昔のろくでなしの誕生日だぞ?」 「だって、みんなお祝いするって……。サンタさんがプレゼント持ってくるって……」 「サンタなんかいるか!」 お父さんはまたタク君を殴りました。 「サンタの正体はな、馬鹿な父親や母親だ。こっそりプレゼントを用意して、子供を騙して喜んでるだけだ。……よそが勝手に信じたり祝ったりするのは仕方ない。だが、俺の家族が祝うのは許さん! 二度と俺の前でクリスマスの話題を出すな!」 「あ、あなた。でも、今度保育園でクリスマス会が……」 お母さんがおどおどと口を挟みました。 「んなもん休ませろ! わかってるだろうが。クリスマスの真似事もイベント参加も一切禁止だ!」 これ以上お父さんの怒りを買うのを恐れ、お母さんは黙り込みました。タク君は頬の痛みと涙を堪えてお父さんをみつめました。 「……家族を壊すな。あのクソババアみたいに」 お父さんは子供の頃、母親がある新興宗教に入信したことで家族がバラバラになったため、宗教そのものも宗教が関わる行事も嫌悪していたのです。当時のタク君がそんな事情を知る由はありませんでしたが、お父さんはクリスマスが嫌いだということははっきりわかりました。 (だけど……) どのお友達も一番楽しみにしていたのは、サンタさんからのプレゼントでした。 (ホントにサンタさんはいないの? プレゼントくれないの?) タク君は両親に内緒でサンタさんに手紙を書きました。でも、十二月二十五日が過ぎてもプレゼントは来ませんでした。 (一つしかお手紙書かなかったから、サンタさんに届かなかったのかも) 翌年、タク君はクリスマスのひと月前から毎日手紙を書きました。それでもプレゼントが来ないので、タク君は一年中三百六十五日サンタさんに手紙を出すことにしたのです。毎年、毎年、今年こそプレゼントをもらえると信じて。
帰宅したタク君は、お父さんの部屋に向かいました。 「ただいま」 「おかえりなさい」 お母さんはお父さんの口周りを拭い、ベッドのリクライニングを倒しました。 「父さん、全部食べたんだね。母さん、疲れてない? 代わろうか?」 「大丈夫よ。タクは勉強があるでしょ?」 タク君のお父さんは事故に遭い、首から下が動かず寝たきりになっています。言葉もうまく喋れません。お母さんは毎日つきっきりで看護しています。 「食欲も意識も正常なのにね。可哀想な人……」 お母さんがお父さんの手をそっと握ります。 (サンタさん、今年こそプレゼントください) 今タク君が手紙でお願いしてるのは、お父さんの体の自由です。 「母さん、ご飯食べたら? 僕が見てるよ」 「でも……」 「僕、まだお腹空いてないんだ。学食で遅めのがっつりランチだったし。ゼミのレポートも済んでるし、今日はバイトも休みだから」 お母さんは頷いて、食器を下げました。タク君はベッドの傍らの椅子に腰かけました。 (父さんが元気になったら、サンタさんのお陰だって言ってやろう) その日が来ることを、タク君は一途に信じています。
※2016年12月に執筆。
|
|