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作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第37回   捨て台詞を笑う者は捨て台詞に泣く、かもしれない【テーマ:捨てゼリフ】
 ある日の午後、丸跋交番に一人の青年が訪れた。
「落とし物を届けに来ました」
「どうぞ、こちらにお掛けください」
 新米警官の沢津はにこやかに椅子を勧めた。先輩の矢内は午前中の物損事故の書類を仕上げている。
「さっき、バイト帰りに拾ったんです」
 背中からリュックを下ろし、青年が話し出す。沢津は拾得物件預り書を用意し、机を挟んで青年と対座した。
「星印書店の脇の路地に入って五十メートルくらい進んだとこで、道端に転がってて」
 言いながら青年がリュックから取り出したのは、手のひらサイズの紫の球体だった。
「ガチャガチャのカプセルですかね?」
「いえ、台詞です」
「……は?」
「もっと言えば捨て台詞ですかね。言葉の内容的にも、落ちてたって意味でも」
 青年の返答に沢津は困惑した。
「中を見ればわかります」
 青年に促され、沢津はカプセルを手に取り開けてみた。小さなカードが入っている。
「……『幸せになりやがれ、バーカ』?」
 沢津が印字された言葉を読み上げると、青年は嬉しそうに語り始めた。
「最高の捨て台詞ですよね? 僕、作家志望で、中坊の頃から小説書いてるんです。でも最近スランプで。アイデアも湧かないし、全然書けなくて、いっそ筆を折ろうかって思い詰めてて。それが、さっきそれを拾って読んだ瞬間、スパーンってインスピレーションが降りてきて。どういう状況での誰の台詞で、そこに至るまでに何があったのか、ストーリーもキャラクターもどんどん膨らんで、一気に構想が固まったんです。これなら湖崙文学賞も狙える、プロへの道が開ける。早く家に帰ってパソコン開こうと思ったんですけど」
「はあ……」
「だけど、僕の小説が広く読まれるようになった時、この捨て台詞の落とし主が名乗り出てこないとも限らない。後から盗作だの著作権だの騒がれたり、印税をよこせと脅されたりしたらかなわない。そこが不安になって。だから、警察に届けることにしました。三か月経っても落とし主が現れなければ、僕のものですよね? 正式に僕の台詞と認められれば、堂々と書いて発表できる」
 何かがずれている自己中心的な言い分だ。どう返すべきか沢津が困っていると、矢内が来てくれた。沢津の隣に座り、青年に言う。
「確かに、三か月以内に落とし主が判明しない場合は、拾い主の所有権が認められます。こちらにお名前と住所、連絡先をお願いできますか?」
 矢内は青年にペンを渡し、拾得物件預り書に記入させた。そして拾った場所やカプセルの特徴などを書き込み、拾い主の権利を放棄しない旨を青年に確認した。判を押し、控えを青年に渡す。
「落とし主から届け出があった場合、もしくは落とし主が不明のまま三か月過ぎた場合、ご連絡しますので」
「受け取りにこの控えが必要なんですよね?」
「はい」
 喜々として帰る青年を見送った後、沢津は矢内に頭を下げた。
「ありがとうございました。ああいう手合いは不慣れで……」
「拾った人間がどんな奴だろうが、動機が何だろうが、拾得物の届け出にはさして関係ない。どんなにちゃちな拾い物だろうが、こっちはやるべきことをやるだけだ」
 矢内の言葉に沢津は頷いた。
「そうですね。しかし、三か月後に受け取る気満々でしたね」
「三か月きっかりに向こうから連絡してきそうだな。ま、それまでこいつには本署の保管庫で眠っててもらおう」
 矢内はカプセルを手のひらに載せた。
「拾われて、大事に保管されて……。『捨て台詞』って言葉、合わなくないですか?」
「お前、全然うまくないぞ」
 矢内に小突かれ、沢津は頭を掻いた。

「なんで消えたんですかねえ……」
 沢津が力なく呟く。
「保管庫の管理は会計課の責任だろ。なんで俺らが叩かれるんだ」
 矢内は仏頂面だ。
「向こうにしてみりゃ担当者は俺たちで、警察全体が一括りなんじゃないですか」
 『捨て台詞』の落とし主は結局現れなかった。ところが、拾い主の青年に連絡を入れようという段階になって、当のカプセルが無くなっていることが明らかになった。青年は激怒し、「小説は書き上がってるのに、台詞の所有権をどうしてくれるんだ!」と、やはりどこかずれた主張を喚いた。
「お前ら、絶対許さねえ!」
 そう言い放った青年は、「市民の善意をないがしろにしている」だの「警察の怠慢」だの、矢内たちを名指しにしてSNSに書き込んだ。その反響は大きく、マスコミまで動き始めている。
「保管庫への出入りは制限されてるはずだし、盗んだところで金にはならなそうだし……。やっぱり『捨て台詞』じゃなくなったから、『捨て台詞』としての存在を保てなくなって消えたんですかね?」
「呑気に馬鹿言ってる場合かよ。捨て台詞の一つでも言いたいのはこっちだ」
「すみません」
 沢津は縮こまった。矢内は顔をしかめたまま、深いため息を吐いた。




※2016年11月に執筆。


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