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作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第34回   覆水盆に返らず【テーマ:タイムスリップ】
 学生時代に所属していたイベント企画サークルには伝統的な余興ネタがいくつかあり、コント『タイムマシン』もその一つだった。
 登場人物は博士と助手の二人で、遂にタイムマシンが完成したというところから話は始まる。完成に至るまでの苦労話をテンポよくやりとりし、グラスにジュースまたはビールを注ぎ、乾杯して共に一気飲みする。グラスを空にした後、さっそくタイムマシンを試してみようと一緒に五分前に戻る。するとまたタイムマシンが完成したというやりとりが始まり、再び祝杯。飲み干してまた五分前に戻り……という無限ループだ。グラスはわざと大きめのものを使う。三、四回目あたりから一気に飲み切るのがきつくなり、演者たちはガチで苦悶の表情を浮かべ始める。ループが続くほど、注がれる液体との苦闘は激しくなる。どうしても飲み切れずグラスに残ってしまったり、無理やり飲んだものの吐き出してしまったり。その悶絶する姿が笑いを誘うのだ。簡単で受けがいいので、俺も何度か使わせてもらったネタだった。

 ……頭がガンガンする。背中が痛い。俺は重い体をどうにか起こし、頭を振って目を開けた。……自宅マンションのリビング。ビールや酎ハイの空き缶がいくつもテーブルと床に転がっている。そういや、昨夜結構飲んだっけ……。俺自身も寝てる間にソファから転げ落ちてしまったらしい。それでも起きなかったのだから、相当酔っていたのだろう。
 十時過ぎ、か。今日が午後出勤で助かった。ふらつく足取りでキッチンに行き、お湯を沸かしてコーヒーを淹れた。砂糖とミルクをたっぷり入れる。甘いコーヒーを飲んでいるうちに、頭痛が少し和らいできた。
「ブラック派なのはわかるけど、弱った胃腸にはきついし、糖分で栄養も摂れるでしょ?」
 まだ付き合って間もない頃、美伽が教えてくれた二日酔いの対処法だ。結婚後も俺が飲みすぎるたびに美伽が淹れてくれた。
(もう、美伽と颯太と暮らすことはないのか……)
 昨日、俺と美伽の離婚が正式に成立した。

 俺の落ち度だとわかったからこそ、俺は美伽に土下座して謝った。誠心誠意謝り倒した、つもりだった。だが、美伽はそれ以降俺とは口を利かず、颯太を連れて実家に帰った。義父母の怒り様は凄まじく、訪問しても罵声と共に門前払いされた。電話も同様で、そのうち着信拒否されるようになった。美伽は早々に携帯を変えたらしく、俺が知るメアドもLINEのIDも繋がらなくなっていた。やがて美佳の代理人を名乗る弁護士から通知が届き、離婚を要求された。
 俺は美伽とやり直したかった。
「他はどんな要求でも呑みますから、離婚だけは勘弁してもらえないでしょうか? 颯太もまだ三歳ですし、父親が必要なはずです」
「先に夫婦間・親子間の信頼を壊したのは、あなたのほうでは?」
 弁護士の反論に、俺は何も言い返せなかった。

「パパに似ずイケメンだね」
 颯太が赤ん坊の頃から親戚や友人によく言われたが、からかい半分の祝福・褒め言葉だとわかっていたし、むしろ嬉しかった。しかし一昨年、ある男性芸能人がDNA鑑定で我が子との血縁関係が否定されたことを告白して世間の注目を集め、俺の中に小さな疑問が生まれた。その疑問は徐々に膨らんでいき、俺はこっそり颯太と自分のDNA鑑定をある会社に依頼した。紛れもない親子だと確認して安心したかった。ところが、届いた結果に俺は愕然とした。
「本当の父親は誰だ!?」
 俺は美伽を問い詰めた。美伽は間違いなく俺の子だと言う。
「じゃあ、この結果は何だ!」
 何かの間違いだ、信じてほしいと繰り返す美伽に、俺は逆上した。何度も何度も殴った。颯太にも玩具を投げつけた。自分でも信じられないくらいキレていた。
 美伽は他の二社に再鑑定を頼んだ。すると、どちらも俺と颯太は親子だという結果を出してきた。俺が最初に依頼した会社は、専門知識の無い素人が杜撰な鑑定をしているところだった。

「内緒でDNA鑑定をしたこと自体は、まあ、褒められたことじゃありませんが、法には触れません。問題は、美伽さんと息子さんに暴力を振るったことですよ」
 俺はDV夫ということになり、美伽と颯太への接触を禁じられた。離婚協議書には慰謝料や養育費の件、財産分与などに加え、俺の颯太との面会の制限についても盛り込まれた。事細かな条件は、事実上颯太とは会えないことを示唆していた。
 インチキ鑑定に惑わされ、二人に手を挙げたことが悔やまれる。できることならDNA鑑定をする前に戻りたい。せめて別の会社に頼んでいたら……。
 だが、過去に戻ることなど不可能だとわかっている。俺にできるのは、せいぜい五分前に戻り続ける無限タイムスリップのコントぐらいだろう。
 時計を見ると、十時半を回っていた。――やはり時は戻らない。俺はシャワーを浴びるべく、浴室に向かった。




※2016年10月に執筆。


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