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作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第33回   Monologue for myself, including some omissions and some lies 【テーマ:裏切り】
世の中に絶対なんてものは無い。
形あるものは姿を変えゆき、
人の心も移ろう。
常識は時代や場所によって非常識へと変わり、
強者と弱者、
栄える者と衰える者、
立場と状況はめまぐるしく入れ替わっていく。

絶対じゃないものを絶対であるかのように錯覚するから、
裏切られたと思うのだ。
落胆する者、
悲嘆する者、
憤る者、
反応は様々なれど、
全てはその対象を信じていたからこその反応だ。
裏切られるのが嫌なら、
最初から信じなければいい。
そう、
絶対的な変わらないものなど無いのだ。
友達も社会も、
家族や恋人も、
愛も夢も、
未来も。
そして、
自分自身も。

時々、あの頃のことを夢に見る。
夢の中の私は、
あの頃そうだったように、
律儀に生真面目に、生き生きと、
役目を果たすべく奔走する。
夢から覚めた時の、
今の生活の現実が徐々に甦ってくる感覚。
哀しさと虚しさとあきらめとがごちゃ混ぜになって、
しばしベッドで天井とにらめっこする。

あの頃、あの『道』を懸命に歩んでいた私。
失敗や空回りも多かったけれども、
私という存在に意味を与えてくれた『道』は、
あの頃の私にとって最も正しく価値のあるものであり、
何よりも優先すべきものだった。
誇りであり、喜びだった。
「この『道』を生涯歩みます」
「この『道』に全身全霊を尽くします」
嘘偽りの無い思いであり、
本心からそう誓いを立てた。
『道』を離れた未来など考えられなかった。

もう距離を置いて久しいあの『道』。
あの時、どうしても離れざるを得なくて、
それが辛くて、
いっそ忘れようと蓋をした。
いつしか『道』から離れた生活に馴染み、
『道』が無くても生きていられる自分に気付いた。

あの思いは、
あの誓いは、
何だったのだろう?
嘘を吐くつもりなど全く無く、
百パーセント本気の本気だったはずなのに。

あの『道』が間違いだったとは思っていない。
だけど、あの頃のような情熱と一途さはもう持てない。
罪悪感とノスタルジーが胸を刺しても、
もうあの頃には戻れない。

私はあの頃の私を裏切った。
人から裏切られた経験よりも、
この自分への裏切りが今も胸を疼かせる。
あの頃の私が「裏切り者」と今の私を責め立てる。

あの頃の私よ、
あなたは自分を過信していたのだ。
己の弱さ、己の心の移ろいやすさに気付かず、
自分は変わらない、変わるはずはないと、
傲慢にも思い込んでいた。
裏切り者になるのが嫌なら、
最初から自分など信じなければよかったのに。

昨夜もあの頃の夢を見た。
現実にはもうとっくに裏切っているのに、
夢の中の私は喜々として『道』を歩んでいた。

これからも私はあの頃の私に謝り続けるのだろうか。
それとも、
それもいずれは変わっていくのだろうか。
私は再び私を裏切るのだろうか。




※2016年9月に執筆。


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