20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第30回   雨に濡れれば【テーマ:雨】
 時々、無性に『渇き』を覚えることがある。のどの渇きではない。のどの渇きなら、水なりジュースなり何か飲めばおさまる。そうではなく、体全体、細胞一つ一つが『潤い』を渇望している感じなのだ。夏の暑い日に経験する、体から水分が抜けて干からびそうな感覚と似ているようで全く違う。季節や天候、時間帯、場所などは関係ない。肌から『潤い』を浸透させたい気がするが、化粧水をつけたところで『渇き』はおさまらない。お風呂やプールに浸かっても効果は無い。
 物心ついた頃からそうだった。一人娘の訴える『渇き』が通常のものではないと気付き心配した両親は、幼い私を連れていくつも病院をはしごした。しかし、いくら検査しても身体的な異常はどこにも見当たらなかった。
「精神的な満たされない思いが、体感として表れるのでしょう」
 そんなことを言う医者もいた。両親はその言葉をひどく気に病んだ。両親と私は血が繋がっていないからだ。滅多に人の入らない山奥に打ち捨てられていた赤ん坊の私をみつけてくれたのが父だった。本当の親が誰なのかは、未だにわからない。実の親子の情愛には到底及ばないのではないか、特に母はそんな思いに苛まされたようだ。けれども周囲の励ましと、私の『渇き』が少し落ち着く方法がみつかったことで、血の繋がりは関係ないと吹っ切れたそうだ。私もこの『渇き』は両親のせいではないと確信している。生みの親を気にしたことはほとんどないし、それだけ愛情を注いでもらってきたのだと思うと、両親には感謝の念しかない。

「沙良、風邪引かないようにね」
 庭で雨に打たれている私に、母がガラス戸を開けて声をかけてきた。
「うん、もう少しだけ」
 私は微笑みを返した。傘も差さず、髪も服も全身びしょ濡れ、雨の中ひたすら天を仰ぐ少女――。傍目には妙な光景だろう。でも、これが私の『渇き』への対処法なのだ。肌に細胞に『潤い』が浸透していく気がして心地良い。本当に求めている『潤い』とは異なるものの、かなり近いと感じる。『渇き』を覚えた時いつでもすぐ実践できるとは限らないけれど、この対処法に気付いてかなり楽になった。
 『渇き』の正体は、高校生になった今もはっきりしないままだ。砂漠で暮らしていた前世の名残だとか、雨を待ち焦がれながら日照りの中枯れた植物の怨念だとか、友人たちは好き勝手に言うけれど、どの説もしっくりこない。考えても答えは出ないし、一応人並みの日常生活は送れるので、実の親の件のようにあまりこだわらないことにしている。
「そろそろ家に入ったら? お風呂沸いてるから」
 母がまた声をかけてきた。手にはタオルを持っている。今まで風邪なんか引いたためしはないし、怪我一つしたこともない私だけれど、これ以上母を心配させるのも忍びない。私は軒下に入り、タオルを受け取った。

 男は銃を握ったままだ。怯えながら大人しく床に座っているしかなかった。店員も他の客たちも皆青い顔で震えている。
 元々友人と買い物をしていたのだが、友人は急用で先に帰ってしまい、私はもう少しゆっくりしてから帰ろうとこの喫茶店に入ったのだ。ケーキと紅茶を待っていたら、強面の男が乱入してきた。男は銃で私たちを脅して人質にし、喫茶店に立てこもった。
 ……どれくらい時間が経ったのだろう。私の斜め前に座っていたOL風の若い女性が恐る恐る手を挙げた。
「あの……」
「何だ?」
 犯人がギロッと女性を睨む。
「ト、トイレに行きたいんですけど……」
「そう言って逃げるつもりか?」
 犯人は女性に銃口を向けた。
「ち、違います」
「我慢しろ」
「で、でも、もう……」
「我慢しろっつってんだろうが!」
 次の瞬間、銃声が響いた。女性の額に穴が開き、体がゆっくり後ろに倒れる。遅れて飛び散った血が私の顔や手にかかった。人質たちの悲鳴が広がる中、私は思いがけない歓喜に全身を支配された。
(これだ……!)
 正にずっと渇望していた『潤い』だったのだ。体が打ち震え、真っ赤な雨の記憶がオーバーラップする。……そうだ、この『雨』を浴びるのが私の至福の時だった。だから私は人間たちに生贄を捧げさせたり、戦へと誘い導いたり……。
(まさか人間にされるとはね)
 全て思い出した。記憶と共に封印されていた『力』も甦ってくる。
(貴重な経験をさせてもらったお礼に行かなきゃ)
 白女神のすました顔を思い出し、笑みがこぼれる。
「てめえ、何笑ってやがる!」
 犯人の男が私に向かって発砲した。私は銃弾を『力』で止め、まっすぐ男に返してやった。
 ……ああ、やはり『雨』に濡れるのは気持ちがいい。もっと濡れたい。……ここにいる人質は十六人。外には警官隊やマスコミ、野次馬など大勢いるだろう。ゾクゾクしてきた。




※2016年6月に執筆。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 796