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作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第24回   一妄想家のたまゆら純文学論もどき【テーマ:純文学】
 少し肌寒い微風が黄金色のトンネルを揺らす。枝から離れた黄葉が力尽きた蝶のように舞い落ち、先に地面で眠る仲間たちの上に重なる。銀杏並木を歩きながら、ニャツミは物寂しさを秋のせいにしようと努めた。ニャオキとの結婚を控え、幸せなはずなのだ。一番辛い時に傍にいてくれたニャオキ。これからも変わらぬ愛で自分を守ると誓ってくれ、ニャツミもニャオキを信じている。なのに、何がこんなに不安なのだろう。
 前からの突風に、ニャツミは目を瞑り立ち止まった。激しい黄葉の雨、舞い上がる落ち葉。――風が落ち着き目を開けたニャツミは、向こうから歩いてくる背の高い男に気付いた。胸が震える。
「……久しぶり」
 懐かしい姿、懐かしい声。言葉が出てこない。ニャツミはかつて愛した男、ニャニャ木の顔をただみつめていた――


「……何これ?」
 私は思わず口走った。
「ボクにしては珍しいタッチかな。文章が詩的っていうか。急に妄想の神が降りてきてさ、一気に書いたんだ」
 ナーナは喜々としている。詩的な文章、ね……。私は頭から読み返してみた。……うん、冒頭の二文とかね。シリアスな三角関係が始まる予感も、それぞれの心の機微を繊細に描いていく意図も一応感じ取れる。けど……
「このふざけたネーミング、何?」
「えっ、よくある名前じゃん」
 ……きょとんと素で返してくるあたり、やはり変人だと思う。保育園からの腐れ縁だけど、その思考回路は未だに理解不能だ。
 ナーナと私は阿呆鳥出版のお抱え作家と担当という関係でもある。妄想家ナーナ・レイザーストーン。これが変人の肩書とペンネームだ。彼女は私生活でもペンネームで呼ばれることを好む。というより、周りに強要する。本名で呼ぶと逆ギレされる。自己中で思い込みが激しくて、昔から色々面倒臭い人だった。社会人になってまで振り回される羽目になるとは思いもよらず。ナーナがうちのお抱え作家になったのはひとえに社長の偏好と独断のせいだけど(阿呆鳥出版自体が社長が道楽で起ち上げた超マイナー出版社だ)、こんな夜中に呼び出され、頼んでもいない原稿を読まされる我が身が泣けてくる。
 続きを読む。婚約者を大切に思いつつも、元カレへの恋情を抑えられないヒロイン。そして婚約者は、元カレは――。散りばめられた清麗な比喩と静かな筆致が切なさを際立たせる……はずなんだけど、ネーミングがね……。
「トウちゃん、懐中時計と百万盗らないでね」
「……急に何よ」
「ボクが塵川賞取った時だよ。これ、我ながら傑作だし受賞間違いなし!」
 このビミョーな小説が? その自信、どこから出てくるわけ?
「……あのさ、塵川賞って何かわかってる?」
 念のため聞いてみた。
「その年の一番優れた純文学の作品に贈られる賞だよね」
 一応わかってるのか。……あれ?
「この小説、純文学なの?」
「芸術的でしょ?」
 えーと……あ、文体とネーミングのギャップは芸術的かもね。『純文学=芸術性』だもんね、うんうん……って、いやいや。
「これさ、芸術的っていうか……」
「え、トウちゃんは娯楽性が強いと思った? まあ、芸術性と娯楽性は必ずしも相反するものじゃないからね。大衆文学に対して純文学は娯楽性より芸術性重視ってのが一応の定義だけど、実際の作品の分類は難しかったりするしね。芸術の中にも娯楽の要素があるし、娯楽にも芸術の要素が含まれてるし」
 話を遮られてムッとしたけど、言ってることは意外にまともだ。
「純文学と大衆文学の違いとか境目とかよく議論になるけどさ、ナンセンスな気もするよね。書き手の出発点てさ、枝葉はあっても要は、こういう話を書きたい、こういうことを伝えたい、その心の発露でしょ? そして、書かれたものをどう評価するか、どう受け止めるかは人それぞれで、芸術性や娯楽性の感じ方も人それぞれ。極端な話、全ての小説が純文学であり大衆文学であるわけだ」
 若干論理が飛躍してる気もするけど、頷けなくもない。こんな真面目なナーナを見るのは久しぶりだ。
「つまり、ボクが今まで書いた小説も全て純文学であり、塵川賞を受賞し得るんだよ」
 ……ん? いや、それは違う。
「ってことで、その原稿、来月号掲載でヨロシク」
 どういう論理よ!? ……え、来月号?
「そんな急に言われても、もうレイアウト全部決まってるから」
「さっき社長にメールしたらOKだって。さすがボクのファンだね。これ、元データ」
 USBメモリを渡された。まさかの根回し済み。社長……。今さら内容変更? うげ……。
「じゃ、疲れたからボク寝るね」
 さっさと奥の部屋に引っ込むナーナ。……疲れたのはこっちよ。ホント、ゴーイングマイウェイだわ。
「帰るからね」
 襖越しに声を掛け、原稿とUSBメモリを鞄にしまう。……実はああいうのが純文学的生き方だったりして。そんな馬鹿な考えがよぎり、一人苦笑した。




※2016年1月〜2月に執筆。


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