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作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第22回   違和感【テーマ:革命】
 今日も首相官邸に側近たちが集い会議が始まる。場を仕切るのはやはり第一首相補佐官である根古川先生。私は首相秘書として部屋の隅に控える。
 ……ずっと根古川先生を信じてついてきた。先生の理想が私の理想で、それは現実のものとなりつつある。だけど……
「では、元Q県議の井沼衣良武も殺処分に」
 革命の中心人物だった根古川先生の提案は決定事項と同義だ。……もう何人目の粛清だろう? 側近たちは口々に「異議なし」と応えるだけ。
「首相、ご承認いただけますね?」
 根古川先生が床で仰向けになっている首相に笑みを向ける。――ニャン丸首相はマタタビ入りのフェルトボールを前足で掴んでガジガジしている。

 十年前、根古川先生は私の家庭教師だった。
「どんな猫にも幸せになる権利があると思うんだ。猫が安心して暮らせる社会って、人間も住み良い社会じゃないかな」
 授業初日、私の部屋に入ってきたニャ太郎を抱き上げながら先生が言った。
「僕、捨て猫や迷い猫を保護する団体でボランティアしててさ。みんな人間のエゴの犠牲者だよ。ホント思うね、この子たちが幸せになれますようにって。――ニャ太郎はいい人たちと暮らせてよかったねえ」
 大学生のお兄さんの優しい笑顔と信念を感じさせる言葉に、中学生だった私はときめいた。
 先生は授業の合間に所属する愛護団体『NYAX』のことをよく話してくれた。「猫たちの幸せは人間の幸せにつながる」が先生の持論で、不幸な猫をゼロにすべく『NYAX』で精力的に活動していた。
「猫たちが飢えたり事故にあったりすることなく、猫らしく生きていけるなら、別に野良猫でもいいと僕は思うんだ。飼い猫でも野良猫でも幸せに暮らして寿命を全うできる、本当の猫と人間の共生社会が僕の夢なんだ」
 純粋に猫の幸せを願う先生の姿勢と語られる和やかな理想社会に私は感銘を受けた。私も先生の夢を手伝いたい、そう思った。先生に恋してもいた。だけど、気持ちを伝えると先生とのつながりが壊れてしまいそうで怖かった。
「P高に受かったら、私も『NYAX』の活動に参加していいですか?」
 当時の私の精一杯の告白だった。
「亜子ちゃんなら絶対大丈夫だよ。『NYAX』に来てくれるの? いつでも大歓迎さ」
 先生は笑って連絡先を教えてくれた。
 無事志望校に合格した私は『NYAX』に顔を出すようになった。里親候補者との連絡や里親イベントの企画、保護した猫たちの世話、細かな雑用まで、根古川先生は熱心に働いていた。ついには大学を中退して『NYAX』の職員になってしまった。
「亜子ちゃんが『先生』って呼ぶからさ。イベントのお客さんに『どちらの学校にお勤めですか?』って聞かれちゃったよ、ハハハ」
「すみません、クセになってて……」
「別に怒ってないよ。どう呼ばれようと僕は構わない」
 先生に女性の影は無かったけど、私は想いを伝えなかった。先生のそばにいられる。先生と同じ夢を共有している。手伝えることがある。それだけで十分幸せだった。
 だけど、先生は次第に苦悩の表情を見せることが多くなった。私たちがどんなに頑張っても捨て猫は後を絶たない。捨て猫をそのままにしておけばほとんどは死んでしまう。シェルターは保護できる数に限りがあり、運営のための資金繰りも苦しい。世間では未だに年間八万匹近くが殺処分されていて、車に撥ねられて死んだ猫を見かけることも度々だ。猫の虐待や不審死のニュースもなくならない。……先生は憔悴していき無口になった。一緒に猫たちの世話をしながらも、私は先生を元気づける方法がわからなかった。
 しかし、先生は夢を諦めたわけではなかった。地元の大学に入学して二か月が経とうとしていたその日、私はいつものように『NYAX』のシェルターに行った。――階段に一匹の猫を抱いた先生が微笑みを浮かべて立っていた。
「亜子ちゃん、僕は決めたよ。猫たちを救うには……国を変えるしかない」
 先生は思い描いてきた猫と人間の真の共生社会を実現する計画を考えていたのだ。理想に燃える先生のそばで同じ夢のために歩む幸せを思い、私は身震いした。
「手伝ってくれるかい?」
 言われるまでもなかった。
 その後、先生は全国から有志を募り、霞が関や各業界に送り込んだ。そして去年の二月二十二日、私たちは国会議事堂と首相官邸を占拠し、ニャン主主義国家の樹立を宣言した。日本は猫を首相とする猫のための国に生まれ変わったのだ。

 急ピッチで進む法整備の裏で連日行われる粛清。国家新生のためのやむを得ない汚染物除去、その範囲はもう超えている気がする。私たちをフランス革命時の恐怖政治になぞらえて『ニャコバン党』と揶揄する者もいる。先生はロベスピエールと同じ道をたどっていないだろうか?
 血生臭い会議が続く中、ニャン丸首相だけはマイペースに欠伸をしていた。




※2016年1月に執筆。


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