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作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第20回   私だけのアニメは ―断片的かつ微妙なmy historyっぽい話― 【テーマ:アニメ】
 それらのアニメにはタイトルが無かった。ストーリーも定まっておらず、途中で巻き戻って別な展開に進むこともしばしばだったし、未完のまま打ち切られるものも多かった。それらのアニメを観ていたのは私だけだった。作っていたのも私。私の思い描くキャラクターたちが、私の望むストーリーに沿って、私のイメージする絵柄で動き、私の思う声で喋る。その時その時で漫画やテレビなどの影響を受けながら、私は一人の少女を主人公にした何十パターンものアニメのフィルムを自分の脳内で回していた。

「何もしなくていいから。食べれるだけ食べて、ゆっくりして」
 実家に戻ってきた私に家族は優しかった。だが、私は暗く混沌とした負の感情の渦の中に身を沈めていた。うつで休職中だと知られた恥ずかしさと申し訳なさ、結局職場に復帰できなかった悔しさや未練、人生が終わったような絶望感、死への憧憬……。実家での療養と退職は半ば強引に決められた。寮住まいのままでは心が休まらないことは明らかだったけれど、「お前は不要だ」と社会から切り捨てられたようで、そんな自分が情けなくて生きる価値など無いように思えて……。続く食欲不振で体力が落ちており、家の中の移動すらしんどい状態でもあった。味のしない食事をなんとか少量噛み砕いて嚥下し、義務的に薬を飲んで横になる。光は見えず、自分が笑う日など二度と来ない気がした。
 それでも東京の人混みやせわしさ、閉塞感から逃れたのは正解だったらしい。生まれ育った鹿児島の田舎の空気は、私の心身を少しずつ落ち着かせてくれた。食べ物の味がわかるようになり、食べる量も増えた。テレビも気楽な内容であれば視聴できるようになった。なんだか手持無沙汰で、弟妹の集めている漫画の単行本を拝借して読み始めた。本棚に眠っていた文庫本にも手を伸ばした。
 次第に私は漫画や小説の世界に没頭していった。時間を忘れて読み耽った。元々本は嫌いじゃない。読み出すと一気読みしてしまう性質で、学生時代、分厚い全三巻の長編小説を徹夜で最初から最後まで読み、そのまま朝一の講義に出たこともある。
「その漫画、こっちじゃ放送されてないけどアニメになってるよ」
 妹が友人からDVDを借りてきてくれた。テレビアニメなんて十年近く観ていなかった。メインキャラクターの声が漫画を読みながら想像していたものよりかなり渋くて最初は違和感があったが、面白かった。体力が戻り出歩けるようになると、本屋に足を運ぶようになった。気に入った漫画がアニメ化されたものを観たりもした。
 ふとしたことで自分のダメさ加減に意識が向き心身が不調に陥ることも多かったけれど、フィクションの世界はそんな時の緊急避難所にもなった。気が付けば、家事を手伝ったり家族との遠出を楽しんだりできるようになっていた。そんな中、不意に「彼女」を思い出した。
(レイラ……懐かしいなあ。私、どんな話考えてたっけ……?)
 幼い弟妹のために学校を辞めて働く少女の話。特殊能力で悪の組織と戦うファンタジーもの。女怪盗の話。時折ロマンスも織り交ぜて……。青臭いガキが自分の脳内で制作・上映した陳腐でまとまりの無い妄想アニメたち。だけど、それがとても楽しかった。学校からの帰り道に、あるいは勉強の合間に、あるいは布団に入ってから眠りに落ちるまでの時間に、私はレイラの様々なストーリーを妄想していた。だが、大学に進んでからだろうか、そんな妄想の時間は徐々に減っていき、いつのまにかすっかり忘れてしまっていた。
 かつての妄想の友と再会した私は、再び彼女を主人公に脳内アニメを作り始めた。過去の上映作品に手を加えたり、全く別な設定で新たなストーリーを考えたり。まだ精神的な不調の波が来ることもあったけれど、どん底まで沈み切らずに済んだのは、家族の支えと楽しいと思えることが増えたおかげだろう。
 そうしていくつか季節が過ぎた頃、私はふと思った。
(妄想を形にしたらどうだろう?)
 なんだか無性にやってみたくなった。だが、某ネコ型ロボットの似顔絵すらおぼつかない私は、キャラクターたちの容姿もその世界の風景も絵で表現できない。自分の画才の無さがもどかしい。
(文章で、なら……?)
 絵よりはまだ可能性がある。私は毎日パソコンに向かうようになった。Wordを立ち上げ脳内のアニメ映像を文章化しようとするが、度々描写に苦戦し行き詰まる。だが、拙いながらも自分の妄想が形状化していくのは大きな喜びだった。
(へえ、小説の投稿サイトなんてあるんだ)
 ネットの世界に疎かった私は初めて知った。こういう形で残すのも悪くないかもしれない。誰からも何も反応が無くても構わない。
(半端な人間の陳腐な自己満足的妄想アニメが、稚拙な文章に変化しただけだしね)
 見知らぬ人からの好意的な感想コメントに驚いたのは、初投稿から一週間後だった。




※2015年9月に執筆。


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