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作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第2回   砂上の離陸の裏に【テーマ:空港】
 たった七分の乗車でこのタクシー代。加世田バスセンターで降りた澄香はため息を吐いた。普段利用しない分、余計に高く感じる。しかし一日二本のみのバスで来た場合、鹿児島空港行きのリムジンバスに乗り継ぐまで一時間以上待ち、空港でもフライトまで三時間空いてしまう。
(田舎だ……)
 またため息が出る。澄香は乗り場へと歩き出した。リムジンバスで空港まで一時間十五分、フライトはバス到着の一時間二十分後だ。実家から車で直に向かえば、フライトの時刻に合わせて一時間で行けるのだが。
 本当は母が空港まで送ってくれるはずだった。ところが、澄香が帰省した翌日に左腕を骨折してしまったのだ。
「ごめんだけど、片手運転は自信ないわ。お巡りさんにみつかってもねえ……」
 母はすまなそうに澄香を見送った。澄香も怪我をした母を一人にしてしまう後ろめたさがある。だが明日から仕事だし、今更航空券をキャンセルできない。
 ほどなくリムジンバスが来た。澄香はバスに乗り、中央の窓側の席を陣取った。荷物を足元に置き、腰を下ろす。年配の男性が隣に座った。七十代だろうか。手荷物が無いようだが、宅急便で送ったのか、誰かの出迎えか。バスが発車する。
「おまんさあは、どこずい行っとな?」
 老人が地元の方言で話しかけてきた。
「東京です。実家はこっちですけど」
「どこな?」
「益山です」
 澄香は校区名を答えた。
「おいは万世じゃっど。東京で働っかたや?」
「はい」
「若か人達ゃ、どんどん余所い行っやいなあ」
「すみません」
 つい澄香は謝ってしまった。
「謝らんでん良かよ。みんな盆正月や法事で帰っ来たい、孫を見せに来たいすっでなあ」
「なかなかヒョッち帰って来れませんね。加世田は電車も走ってないし、余計に不便というか」
「空港も、ちった遠かか?」
「そうですね」
「……昔、万世にも飛行場があったとよ」
 老人の言葉に澄香はハッとした。実家の近くの風景が頭に浮かぶ。県道二十号線沿いにある営門跡、そこから垂直に伸びる道に続き並ぶ石灯籠、万世特攻平和祈念館……。
(万世飛行場……)
 鹿児島で特攻基地といえば知覧が有名だが、他にも複数存在したのだ。万世飛行場は秘密裏に急造されたうえ四カ月しか使われなかったため『幻の特攻基地』と呼ばれている。実家が近いこともあり、澄香はそのことを知っていた。
「おい達が軍に掛け合って誘致したとよ。砂地やっで飛行場には向かんち言われたどん、田畑を減らさんで済んどち説得してなあ。造っ時ゃ住民も松を切ったい、芝を植えたい、山砂利を運んだい奉仕したと」
 老人の顔が曇っていく。
「戦争に勝てば流通の拠点になる、地域も発展する。そげん思たとじゃが……」
 老人の目が潤む。
「特攻作戦で……万世から……二百人も散ってゆきやった……。まこて、すまんこつ……」
 澄香は何も言えなかった。誘致のいきさつは初耳だった。この老人が抱えている罪悪感や悔恨の情は澄香には想像もつかない。ただ涙が溢れてくる。老人も前を見たまま涙を流している。澄香はポケットティッシュを老人に差し出した。自分もハンカチを目に当てる。
「……今は良か時代じゃ。飛んで行ってん敵機に突っ込まんで良かで。故郷にまた戻っこっも出来っでなあ。……おまんさあも、また戻っ来やんせ」
 頬を濡らしたまま、老人は澄香に微笑みかけた。

 気付けば、バスは溝辺鹿児島空港インターを降りようとしていた。
(あれ、寝ちゃってた? ……おじいさんは?)
 澄香の隣は空席だった。周りを見回してもあの老人の姿はない。このバスは空港まで乗車専用のはずだ。澄香の膝の上からハンカチとポケットティッシュが滑り落ちた。慌てて拾い、なんとか落ち着こうとする。
(……あのおじいさん、戦争中に地元の有力者だったってこと? でも、もう戦後七十年、だったら百歳超えてるはず。そこまでご高齢じゃなかったよね?)
 何の疑問も持たずに話を聞いていた。自分は霊と話していたのか。だが、怖さはない。
(きっと知ってほしかったんだ……)
 空港に着き、澄香は他の乗客と共にバスを降りた。通路を行くと、足湯を楽しむ人々が目に入る。談笑しながら駐車場に向かう家族、電話をしながら歩くビジネスマン、バス乗り場を探す人など、様々な人達ともすれ違う。
 澄香はターミナル内に入り、搭乗手続きを済ませて二階に上がった。出発ロビーの椅子で休憩する人、売店で土産を買う人、保安検査場に向かう人、見送る人……。
(死にに行く人なんて、いないよね……)
 本当は万世飛行場も人や物が繋がる場所にしたかったのだろう。近かろうが遠かろうが、命を捨てに発つ場所なんてあってはならない。今は幸せな時代なのだと、澄香は改めて思った。
 職場への土産を買った澄香は、保安検査場へと歩き始めた。
(また戻っ来やんせ)
 老人の声が聞こえた気がした。




※2015年1月に執筆。


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