蓮掛祭名物の山車行列は勇壮できらびやかだった。締めの花火も豪華で美しい。でも…… 「純君、どこ見てるの?」 深月さんが女神のような微笑みを僕に向ける。 「え、その……う、うちの田舎のチャチな祭りとは全然違うなあって思って……」 深月さんに見惚れてました、なんて言えず、咄嗟に口から出たのは変な感想もどき。浴衣姿の深月さんはいつもに増して艶やかだ。この美人の先輩が僕の彼女だなんて……。 「純君はプーさんみたいで可愛いし、素直だから好きよ」 ひと月前、誰もいない講義室で深月さんはこう言ってキスしてくれた。薄暗い沼のようだった僕の世界が、鮮やかな色と光を帯びて躍動し始めた。 「純君の地元のお祭りってどんな感じ?」 思いがけず話を広げられ、更にあたふたする。 「え、と……ち、小さい神社で、拝殿がそのままステージになって、奉納舞とか子供のお遊戯とかオバサンの歌とかがあって……。出店は数えるくらいで、最後はショボい花火が上がって終わり……です」 「私のトコは出店も花火もステージも無いわよ。『オノシシ』って祭りで、神様にお供え物をした後みんなでそれを料理して食べるだけなの。山あいにポツンとある小さな村でね。『オノシシ』をしなきゃ村に災いが起こるからって、毎年細々と続いてるけど」 深月さんには田舎臭さが全然無いので、なんだか意外な気がした。出身県は知ってたけど。 ほどなく花火が終わった。最寄り駅へと向かう行列に僕らも取り込まれる。 「進まないね。電車も混みそうだし、疲れちゃう。こういう時は純君みたく駅の近くのアパートがいいね。……今晩泊まってもいい?」 ――え? 心臓が早鐘を打ち、かあっと体が熱くなる。 「み、深月さんさえよければ……」 どうにか口を動かした。深月さんは婉然と微笑み、指を絡ませるように僕の手を握った。
十日後、深月さんが帰省した。僕は特別講義やらレポートやらで今のところ帰省は見送りだ。毎日LINEすると言ってたのに、実家に着いたという報告を最後に深月さんからの連絡は途絶えた。僕が送ったメッセージも既読にならない。 (どうしたんだろ……) 心配だけど、LINEしか連絡先を知らない。 音信不通になって四日目、ようやく届いたメッセージに僕は目を疑った。 『助けに来て』 『頼れるのは純君だけ』 『お願い』 何があったのか尋ねても返事が来ない。――レポートどころじゃない。僕は深月さんの村への行き方を調べ、ATMでお金を下ろして電車に飛び乗った。移動中も何度もLINEを送るけど反応は無い。 高まる不安を抱えながら電車を降りると、改札口の向こうに当の本人がいた。僕に気付き笑顔で手を振る。 「来てくれてありがとう」 無事がわかって安堵したものの、事情が呑み込めず困惑する。 「車があるから乗って。バスは乗り継ぎが複雑だし遠回りよ」 深月さんは歩き出した。 「あ、あの、『助けて』って……」 「話は車の中で、ね」 勧められるままに助手席に乗った。 「道中疲れたでしょ?」 運転席に座った深月さんが栄養ドリンクを手渡してくれた。喉の渇きに気付き、ありがたく飲み干した。深月さんが車を発進させる。 「……心配しました。急に連絡取れなくなったから」 「ごめんね。うちの村、電波が不安定みたいで」 「いえ……今朝いきなりあんなLINEが来たから、びっくりしたけど」 「それで飛んで来てくれたんだ。さすが純君、私が見込んだ通りね」 「え……? どう……いう……」 ――おかしい。頭がくらくらする。瞼が異様に重い。 「寝てていいよ。村まで一時間はかかるし。……寝てる間に全部終わっちゃうと思うけど」 深月さん……何て……? 聞き……取れ……な……
「今年の供え物は若くて肥えてて美味しそうだねえ」 老女が舌なめずりしながら、祭壇の上の意識の無い男をみつめる。 「いいぽっちゃり具合でしょ? ちゃんと自分の体で肉付きの最終確認をしたからね」 深月が得意げに言う。 「深月に『選り女(よりめ)』役を任せて正解だった。『清内純太』、名前も良いねえ。清く純粋な供え物ってね」 「私も名前に目を付けて観察し始めたの。友達いないっぽいし、話してみたら家族とも滅多に連絡取ってないってわかって。女に免疫無くて純情だし、簡単に落とせたわ。何も疑わず、純粋に私を心配してここまで来てくれたし。――スマホは市街地で電源切っといた。ここで処分するね。荷物は私があっちに戻る途中で捨てたらいい?」 「ああ。――これで今年も無事『オノシシ』が出来る。安らかに一年過ごせるよ」 「今年の肉は上等だって、『カツエメ』様も喜んでるかしら?」 深月がフフッと笑った。 「きっとね。……ああ、儀式の後の味噌煮込みが楽しみだねえ。みんなも喜ぶだろうよ」 ほどなく村人達が集まり、『オノシシ』の祭事が始まった。
※2015年9月に執筆。
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