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作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第18回   ある改心【テーマ:きっかけ】
 ペシュ刑務所の死刑囚監房に一人の青年が収監された。テオ・ニネーム、殺人犯だ。四人もの命を奪ったにもかかわらず、テオには罪悪感も後悔も皆無だった。
「被害者の遺族に謝罪の手紙を書いたほうがいい。彼らの悲しみと憤りを少しでもなだめるんだ。反省してる姿勢を示せば裁判官の心証も良くなる。極刑を免れることができるかもしれない」
 拘留中弁護士が助言したが、テオは聞く耳を持たなかった。
「なんで謝んなきゃなんねえんだ? あん時あそこにいたあいつらが悪い。俺はあん時、誰かに銃でもブッ放さなきゃ腹の虫が治まんなかった。遺族の悲しみだあ? 悲しけりゃ勝手に泣きゃあいいさ。人間死ぬときゃ死ぬんだ。裁判官に媚を売るつもりもねえよ」
 裁判が始まってもテオは謝罪や反省の言葉を一切口にせず、自分本位の主張も変わらなかった。生来の性分なのか、育った環境――赤ん坊の時に親に捨てられ、暴力や虐待が横行する慈善・慈愛とは名ばかりの孤児院で乳幼児期、少年期を過ごした――がそうさせたのか、テオには他者を慮る気持ちが極度に欠けていた。傍聴席から罵声が飛んでも、死刑判決を言い渡されても、テオは飄々と下卑た笑みを浮かべていた。
「被告、最後に何か言いたいことは?」
「どうせ最初っから死刑って決まってたんだろ? とっとと殺せよ。ムショん中じゃ女抱けねえし、溜まりに溜まって処刑前にそっちが原因であの世行き、なんてな。ヒャハハ」
 死に怯えているわけでも開き直って自暴自棄になっているわけでもない。法廷でのテオの言動は、所詮こういう人間なのだと、腹立たしく哀しい納得を人々にもたらした。
 教誨師としてペシュ刑務所に出入りしているゼム牧師は、テオと面会して胸を痛めた。
(心が未成熟すぎる。愛を知らず、命の尊さも人の痛みもわからず……。主よ、どうかこの若者をお導きください)
 だが、ゼム牧師の祈りとは裏腹に、面会を重ねてもテオの態度は改まらなかった。
「なあ、牧師サマってムラムラした時どうしてんだ? やっぱひたすら我慢か? 我慢しすぎて不能になっちまった奴とかいねえのかよ?」
 わざと怒らせるような言葉や卑猥な質問をぶつけてゼム牧師の反応を面白がる。テオにとって教誨師との面会は懺悔や魂の救いを求める場ではなく、単なる暇潰しに過ぎなかった。
 ある日、どういうわけかテオの元に一羽のインコが届いた。
「せっかくの差し入れだ。ちゃんと世話しろよ」
「面倒くせえなあ……」
 ぶつぶつ文句を言いながら、テオは鳥籠の扉を開けてインコに餌と水をやった。インコは勢いよく餌を啄んでいく。
「小っちぇえ体でよく食うな」
 テオは鳥籠を乱暴につついた。驚いたインコが羽をバタバタさせ暴れる。テオはため息を吐いた。
「たまには籠の中も掃除してやれよ。飼い主の義務だ」
「なんで俺が……クソッ、誰だよ、こんなもん送り付けやがって」
 渋々世話を始めたテオだったが、インコは毎日餌を与えてくれるテオに懐き始めた。鳥籠に入れたテオの手に頭をこすりつけたり、その手を止まり木代わりにしたり、首をかしげてテオをみつめたり、愛らしい仕草を見せる。
(結構可愛いじゃねえか)
 次第にテオのほうもインコに情が湧いてきた。鳥籠から出してやると、インコはテオの肩や頭に乗る。首筋に移動してテオの肌に体を摺り寄せたりもする。
「くすぐってえな」
 テオはインコを優しく撫でてやる。インコはテオの服の胸元に潜り込むことも好んだ。テオがインコを胸に抱いたまま横になり、そのまま一緒に昼寝してしまう日もあった。面会での粗野な言動は相変わらずだったが、ゼム牧師はテオの表情が柔らかくなったことに気付いていた。
 ところが、ある朝テオが起床すると、インコは鳥籠の中で冷たくなっていた。テオはインコの亡骸を手に、声を上げて泣いた。
 その夜、テオは初めて被害者の遺族に手紙を書いた。彼はようやく気付いたのだ。愛する者を失うことがどれほど悲しく辛いか。自分が奪った命はどれほど尊く重いものだったのか。
「俺、なんてことしちまったんだ……」
 項垂れ声を震わせるテオに、ゼム牧師は心打たれた。今、テオは犯した罪を心から悔いている。
(この若者は生まれ変われる)
 ゼム牧師はテオの助命嘆願を行おうとした。
「ありがてえが、やめてくれ。俺にゃ何にもねえし、何したって命は弁償できねえから……せめて、てめえの命を差し出すしかねえと思う」
 ゼム牧師は生きて罪を償う道もあるのではないかと説得を試みたが、テオは譲らなかった。
 やがて、テオの刑が執行される日が来た。
「お世話になりました」
 テオは看守に頭を下げた。最後の教誨でゼム牧師はテオのために祈りを捧げた。
「ゼム先生……ありがとな」
 微笑むテオを前に、ゼム牧師は懸命に涙を堪えた。
 テオは最期まで落ち着いており、死に顔も穏やかであったという。




※2015年8月に執筆。


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