弟を見舞った王ラトは宮廷医の言葉に愕然とした。 「ルーは二度と歩けぬと……?」 「恐れながら陛下、毒に神経を侵されたため御御足が……」 「そなた医者であろう? 治せぬのか? ルーはまだ十四、これからが……」 「申し訳ございません」 宮廷医はうなだれる。 「兄上、責めないであげて。命は助かったんだし」 従者に支えられながらベッドに腰掛けていたルーが口を挟んだ。淡い微笑みを浮かべる弟がラトには余計に不憫に思われた。 「……自害される前にあの者を捕らえるべきだった。王族の食事に毒を盛るなど……あらゆる拷問にかけ八つ裂きにしても足りぬ罪なのに……」 「でも、毒を飲んだのが兄上じゃなくてよかった」 「ルー……」 ラトはベッドに歩み寄り弟を抱きしめた。
「ハド、兄上は疑ってないよね?」 ラトが部屋を出た後、ルーは従者の青年に話しかけた。 「はい、お見事な演技でした。――先生、ありがとうございました」 ハドは宮廷医を退室させた。 「あー、疲れた」 ルーは立ち上がり、両手を広げ思いきり伸びをした。 「これから移動の際は車椅子にお乗り下さい。くれぐれもご自分で歩かれる姿を他の者に見られぬよう」 「わかってるよ。兄上を討つため、だろう?」 ルーの唇の片端が上がる。
ルーが生まれたのは、父である先王の急死を受け兄ラトが十歳で即位した直後だった。他に兄弟は無く、ルーは第一王位継承者として育った。ラトは王の務めの傍ら弟を可愛がり、ルーは兄を慕った。兄の跡を継ぐのだとルーは勉学に励んだ。三年前に母が亡くなり、ラトは後見から離れて本格的に政務に取り組み始めた。ラトがルーを訪ねる機会は減り、やっと来られたかと思えば急な案件ですぐ呼び戻された。 「僕も一緒に行きたい。兄上の次の王は僕だし、政治を知っておかなきゃ」 「お前はまだいい。私は十歳で大人になるよう強要された。お前には楽しい子供の時間を長く過ごしてほしい」 自分を思いやっての兄の言葉。しかし、ルーは兄から突き放されたようにも感じていた。 やがてラトの婚礼が決まったが、ルーの胸中に更なる疑念が生じた。 (結婚すれば子ができる。男子だったら当然その子が世継ぎ。そうなったら僕は……?) いつか本で読んだ、わが子に王位を確実に継がせようと弟妹も親族も皆殺しにした残虐な王。 (兄上はそんなことしないはず) 自分に言い聞かせたが、不安が消えない。 「殿下、どうなさいました?」 ハドが声を掛けてきた。ハドはルーが一番信頼する従者だ。元は平民出身の一衛兵だが、お忍びで街に出掛けたルーが暴漢に絡まれているところを助けたことからルーに気に入られ、従者となった。 「僕、なんだか怖いんだ……」 ルーが正直に打ち明けると、ハドは頷いた。 「実際にそのような歴史もありますから、無理もありません。わが子への情愛は時に人を狂わせますし、寵愛する女性に唆される場合もあります。ですが、陛下はお優しい方です。殿下を無下になさるようなことが今までございましたか?」 「……あった」 ハドの言葉はルーの猜疑心を煽る結果となった。ラトは王妃を愛おしみ、ルーとの時間は更に減った。 (僕はもういらないの?) ルーは胸に渦巻く不安をハドに漏らした。 「確かに近頃の陛下は殿下に冷たすぎます。殿下がお持ちの王の資質を恐れているのかもしれません。世継ぎが誕生されたらもしや……」 「僕は死にたくない! どうすればいい?」 「……先手を打つのです。ですが、陛下の力は強大で今の殿下では敵いません。油断させて隙を突くしかないでしょう」 ルーはハドが授けた策に従い、足の不自由な無力な弟を装うことにしたのだ。
ルーが歩けぬことが公になると宮廷医が首を吊った。王弟を不具者にした責任を感じたのだろうと噂されたが、実際は金と地位の約束だけでは口封じにならぬと考えたハドの仕業だった。ほどなく王妃が懐妊したが、献上された薬草が原因で亡くなった。これもハドが裏で画策したのだ。ラトの悲しみは深かった。ルーはハドが用意した王妃そっくりの女をラトに引き合わせた。ラトはその女に溺れていき、やがて車椅子から降りた弟に斬り殺された。
「兄上に毒を盛られた僕は、身を守るために歩けないふりをした。そして国を立て直すため、女に現を抜かし政務を疎かにした兄を討った。――ハド、大した筋書きだよ」 即位式を控え、ルーは満足げに言う。 「恐れ入ります。しかし、まだ終わりではございません」 突然ハドの剣がルーの胸を貫いた。 「この王家の血筋は殿下で最後ですね」 血を流し倒れたルーにハドは告げる。 「私は前王朝の王族の末裔でしてね。今の王家を醜聞と共に滅ぼすことが先祖代々の悲願でした。殿下があんな小細工で私を信用して従者にして下さり、助かりました」 ハドの声を聞きながらルーの意識は薄れていった。
※2015年8月に執筆。
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