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作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第15回   掃除機は人に向けてはいけません【テーマ:掃除】
 隣でマニキュアを塗る女。その様子を横目で見ながら、そっとため息を吐く。このバンには空気清浄機能が付いてるから臭いは抑えられてるけど……普通、家でやるものでしょ? 大体なんで今なの? 私たち、清掃の仕事に向かってるんですけど。まったく最近の若い人は……。
「イラさん、この仕事初めてよね? 何か不安なこととか聞きたいこととか無い?」
 心中を隠して笑顔を作り、新人を気遣う優しい先輩を演じてみる。
「別に」
 素っ気ない返事。私のほうを見ようともしない。実際に現場に行かないと疑問も出てこなかったりするから、質問が無いこと自体は構わないけど、まるでやる気が感じられない。初仕事なのに緊張感すら皆無。たかが清掃と舐めているのか。
「ねえ、それ乾くのに時間かからない?」
 遠回しに皮肉を言ってみた。この仕事に爪のおしゃれは不要だ。
「超速乾なんで」
 あっさり答えられる。やはりこっちを見ない。
「でも、仕事に差し支えない?」
「別に。掃除機かけるだけだし」
 やっと顔を上げたと思ったら、手をかざして塗り具合を確認しただけだった。
「いやいや、他の道具も後ろに積んでるでしょ? 掃除機も業務用だし注意して扱わないと。特に、人には絶対向けないよう……」
「ちょっと黙っててくれます?」
 ラメの配置に集中したいらしい。まったく……。叱りつけたいが、辞められては困るので我慢する。上司から「今度若い人を辞めさせたらクビ」と言われているのだ。ちょっと強く言っただけで逃げ出すほうに問題があると思うけど、私にも生活がある。この歳で再就職先を探すのはかなり厳しい。
 今日担当するエリアはガラクシソルエ。根強いファンが多い観光エリアだ。むやみに自然に手を加えてはならない決まりだが、近年エリア内のアスボルに生息するヒュメヌたちの暴走が懸念されている。今後の状況次第では駆除も検討するらしい。ま、私たちには関係ない話だけど。
 ほどなくガラクシソルエに入った。少し進んだところでバンを止めた。
「着いたよ」
 声を掛けたが、イラはまだ爪にラメを塗っている。
「あ、いい感じじゃん」
 悪びれる様子など無い。主客転倒もいいところだ。仕事が優先でしょうが。怒鳴りつけたいのをぐっと堪えてしばし待つ。
「出来た、っと。――じゃ、とっとと済ませますか。私、この後デートなんで」
 バンの後部から掃除機のケースを運び出すイラの素早いこと。私のほうが中に置いてけぼりだ。そっちが時間をロスしたくせに。
「リモコンってこれ?」
 勝手にスイッチを入れるイラ。掃除機がケースから飛び出し、ものすごい勢いで蛇行しながら周囲の浮遊物を吸い込んでいく。
「待って、まだ使い方を……」
 バンを降りようとしたが、ドアが開かない。――あの子、さっき強制ロックボタンに触れちゃった? 解除に手間取っている間にも、イラは掃除機を好き勝手に走らせている。
「え、それ『超パワフルモード』じゃない? ちょっと、そっちに吸い込み口を向けたら……」
 ゴミと共に、アスボルの隣のルノボルが掃除機に吸い寄せられる。

「所長、大変です! 月が消えました!」
「ん? 今日、月食が起こる予定なんかあったか?」
「違います! 吸い込まれました!」
「……どういうことだ?」
「ブラックホールのようです! 突然月の近くに出現して、どんどん地球に近づ……」

 なんとか宇宙空間移動機《バン》から降りた私は、イラが持つリモコンを上から無理矢理操作して《掃除機》のスイッチをOFFにした。
「なんで切るんですか」
「馬鹿! 何したかわかってる? ルノボルとアスボルを吸い込じゃったのよ!? 人の話を聞いてから動かしなさいよ!」
 叱ったせいでイラが辞めたら私も……なんて心配してる場合じゃない。それ以上の大問題だ。
「大袈裟。後で取り出せば済む話じゃん」
 イラは平然としている。
「出来ないの! 私、言ったよね。《掃除機》は扱いに注意が要るって。これに吸い込まれたらすごい力で引き伸ばされて、素粒子まで粉々になる。取り出しも復元も不可能よ。人気スポットを消した責任、どう取るつもり?」
 イラは仏頂面になった。
「……消えるタイミングが早まっただけじゃん。ヒュメヌのせいでアスボルはもうボロボロだったし」
「そういう問題じゃない! ……とにかく上に報告する。多分アンタはクビ、私も処罰を受けると思う」
 私は通信機を手に取った。
「は? 私、悪くないし」
「どの口が言うのよ!? そういう態度も含めて報告するからね」
「じゃ、こうしよっと」
 イラが私の手を蹴り上げた。通信機が飛んでいってしまう。
「もう、無駄な抵抗はやめなさい!」
 通信機を拾いに行く。……《掃除機》が戻ってきた? 吸い込み口がこっち向き? ――まさか。
「先輩がやったって報告しとくんで」
 最後までは聞き取れなかった。




※2015年7月に執筆。


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