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作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第14回   幸か不幸か【テーマ:動物園】
 バイトを終え、俺は一人夜道を歩き出した。俺の給仕が下手で服にソースが付いたと客に文句を言われ、対応が大変だった。
(クリーニング代、結局俺の給料から引かれるのかよ。マジきついって)
 うちは代々医者の家系で、両親も共に現役の医師だ。兄貴は国立大医学部在学中。俺は二浪の末医学部を諦め、理工学部に進んだ。元々家族から落ちこぼれだと見下されていた俺だが、留年が決定したことで完全に愛想を尽かされたようで、仕送りを止められた。俺は仕方なくバイトを始めた。
 両親も兄貴も嫌いだ。会いたくないし声も聞きたくない。道端の石を蹴飛ばしてやった。ふと空に奇妙に動く光があるのに気付いた。
(UFOか?)
 スマホで撮影しようとしたが、その光はふっと消えた。代わりに真上から筒状の光が垂直に降りてきた。見上げると、光は巨大な円盤の穴から出ている。俺はすっぽり光に包まれた。次の瞬間、俺はものすごい勢いで円盤の穴に吸い上げられた。
 上昇が止まったと思ったら、体に何かが絡みついた。その先にはクラゲが巨大化したような生物が三匹。触手で俺を拘束しているのだ。俺より体は小さいくせに力がすごい。不気味な光沢を放つ台の上に寝かされた。どんな原理なのか、触手が離れても体を動かせない。変な器具を体のあちこちに装着させられる。叫んでも懇願してもやめてもらえない。肉体的な痛みは無いが、恐怖で狂いそうだ。
 やがて円盤の壁の一部が開き、俺は台ごと降ろされた。建物の中らしく、俺を載せた台はクラゲ星人と共に広い通路を進んでいく。長く曲がりくねった通路の両壁には所々ガラス板のように広く透明になっている個所があり、その向こうでは見たことのない奇妙な動物たちが蠢く。ブースごとに動物は違っていた。
 一行は空のブースの前で立ち止まった。ガラス板がすっと消え、俺を載せた台だけが中に入った。すぐガラス板が再生する。やっと体が自由になり、俺は台から降りた。悪い夢でも見てるのかと頬をつねってみたが、リアルに痛かった。逃げようにも出入り口の仕組みがわからない。クラゲ星人たちはガラス越しに俺を見ている。――とにかくこの現実から逃れたい。俺は横になって目を閉じた。
 いつのまにか本当に眠ってしまい、目覚めたら一匹のクラゲ星人が傍らにいた。触手を一本俺の頭に当てる。あの台は消えていた。他の奴らも見当たらない。触手を離すとクラゲ星人は出て行き、しばらくしてコップのような容器を持ってきた。俺の前に置く。中には水らしき液体。飲めってことか? 喉は渇いているが、これは本当に水なのか? 躊躇してたら、クラゲ星人がコップを持ち上げ俺の口元に差し出した。俺は恐る恐る飲んだ。――普通の水だ。
 その後、クラゲ星人たちは俺に触れてはブース内にトイレや洗面所、ベッドなどを整えていった。ドアも仕切りも透明だが俺のアパートの間取りに近い。用意される食事も俺が普段食べていたものと大差はない。どうやら触手を通じて俺の欲求や生活環境などを読み取っているようだ。言葉を発することは無いが、クラゲ星人同士も互いに触手で触れ合うのを見るし、これがこいつらのコミュニケーションなのだろう。
 ほどなく、大勢のクラゲ星人がガラス越しに俺を見物するようになった。ここは動物園のような場所らしい。排泄の様子まで見られることに初めは抵抗があったが、そのうち慣れた。自分が展示動物になるなど思いもよらなかったが、考えようによっては地球の暮らしよりもはるかに楽だ。あくせく働く必要は無く、飯の心配もいらない。危害を加えられることも無いし、好きな時に寝て好きな時に起きて。ぐうたら至上主義の俺にはもってこいの生活じゃないか。俺を蔑む家族とも完璧におさらばだし。
 唯一の難点は娯楽が無いことだが、クラゲ星人から見れば俺は飼育している動物だ。文化も地球とは違うようだし、ゲームや漫画など無理な注文かもしれない。
(せめて話し相手が欲しいよな……)
 できれば地球人で、日本語が通じる相手がいい。それも若い女性なら万々歳だ。
(一緒に過ごすうちに親密になって、夫婦になって……)
 つい妄想してしまった。いや、種の保存・繁殖は動物園の使命の一つじゃないか。俺の欲求は叶えられて然るべきだ。俺はクラゲ星人に触手で触れられてるたびに、黒髪とスカートを風になびかせる美しい日本女性を懸命にイメージした。
 それが功を奏したのか、俺のブースに新たな地球人がやってきた。黒髪にワンピースは俺のイメージ通りだったが……。
「ねェ、ここって何なのォ? 教えてくれるゥ?」
 野太い声に髭の剃り跡が目立つゴツイ顔。やたら俺にボディタッチしてくるのが気持ち悪い。俺はノーマルだ。クラゲにはこいつがメスに見えたのか?
 このままじゃ俺の貞操が危ない。どこへ逃げればいい? ……なんだか実家に帰りたくなってきた。




※2015年6月に執筆。


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