20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第12回   未だ消えぬ影【テーマ:時間切れ】
 中途採用者の歓迎会はそこそこ盛り上がった。あまり飲めない私もノリで二次会まで参加し、楽しく過ごせた。でも同僚たちと別れて一人になると、一気に心細さや不安が押し寄せてくる。仕事や歓迎会の間は忘れていられたけど、今日は……。さっき駅で見た時計は午後十一時前だった。あと一時間……。ついカウントダウンしてしまい、余計に心がざわつく。
(コーヒーでも飲んで落ち着こう)
 帰り道の途中にある自販機に立ち寄った。小銭を入れ、点灯したボタンの中から缶コーヒーを選んで押す。ピピピピ……。
(え、当たり?)
 投入金額の表示欄に並んだ数字は「8888」。ガコンと缶コーヒーが取出口に落ち、再び全ボタンに光が灯る。三十二年生きてきて貧乏くじ以外の当たりは初めてだ。
(何かの暗示? 時効直前の劇的逮捕とか? それとも志穂の意識が戻るの?)
 私の心に暗い影を落とし続けている十五年前の出来事。……ああ、せっかく当たったんだから、もう一本選ばなくちゃ。自販機のラインナップに目を移す。でも、これというものは無い。何でもいいといえば何でもいいんだけど……。迷っていたら、ボタンの光は消えてしまった。
(時間切れ……)
 なんだか無性に笑いたくなった。

 あの日のことはよく覚えている。放課後、私は同じクラスの泉君に校舎裏に呼び出された。泉君は私の友達の志穂と付き合っていた。
「志穂のことで何か相談でも?」
 私は平静を装って泉君に尋ねた。
「俺、志穂と別れようと思う」
 ここ数日の志穂の様子から、そんな気はしていた。
「なんで? 志穂はいい子じゃん。泉君のこと本気で好きだし、泉君だって志穂の気持ちわかってるでしょ?」
 友人としての言い分。
「わかってるけど、志穂とはもう無理だ。自分が本当に好きなのは誰か、気付いたから……」
 泉君はまっすぐ私を見た。思わず目を逸らしたけど頬が火照る。泉君が私の手をぎゅっと握った。
「柚本、好きだ」
 思いがけない告白。俯きながら体が震えた。本当は私もずっと好きだった。でも志穂の恋を応援して……。
「困らせてゴメン。だけど、これが俺の本当の気持ちだから」
 どう答えたらいいのかわからなかった。
「志穂とは別れる。返事はすぐじゃなくていいから、考えておいてくれる?」
 泉君が私の手を離した。泉君の顔が見られない。
「じゃ」
 泉君がくるりと体の向きを変えたのはわかった。でも動く気配が無い。私は顔を上げた。泉君の前に、青ざめた顔の志穂がいた。
「……聞いてたのか?」
 泉君の問いに答えず、志穂は走り去ってしまった。
 その一時間後だった。志穂が路上で何者かに鈍器で頭を殴られて意識不明の重体に陥ったのは。
 泉君と私は気まずくなり、そのうち顔を合わせても話さなくなった。志穂は昏睡状態から目覚めず、犯人は不明のまま。一度志穂の見舞いに行ったけれど、悲しさと罪悪感が入り混じってつらかった。私は事件前の学校でのことは誰にも話さなかった。泉君もそうだったのだろう。私たちが非難されたり責められたりすることはなかった。
 泉君は県外の大学に進んだのを機に志穂の見舞いをやめたらしい。そのまま向こうで就職したと聞いた。昨年向こうで家庭を持ったとか。私は大学も就職も県内だったけれど、やはり見舞いには行きづらかった。新たな友人や仕事を得てそれなりに日々を楽しめるようになったけれど、恋愛はどうしてもできなかったし、ふとした時に志穂のことを思い出して息苦しくなる。時折風の便りで志穂やご家族の様子を聞いたりもした。
 あの日から十五年が経とうとしている。時効が近いということで最近あの事件が地元テレビに取り上げられた。やはり犯人はわからないままで、志穂は眠ったままらしい。そして今日が時効成立前の最後の一日だ。

 私は自販機の取出口に手を入れ、缶コーヒーを掴み出した。プルタブを開け、コーヒーを口に含む。飲み干して空き缶をゴミ箱に入れ、アパートに帰った。
 シャワーから上がると午前零時を回っていた。テレビでもネットでも犯人逮捕のニュースは無い。まだ確実とは言えないけれど、おそらく時効は成立したのだろう。もう犯人がみつかっても刑事責任は問えないのだ。悔しさや憤りを感じる人も多いだろう。
(逃げ得……)
 そんな言葉が浮かぶ。この言葉は事件直前の校舎裏でのことを言わない私にも当てはまるのだろうか? 私は何も悪いことはしていない、そう思い込もうとしてもあの日の記憶は影のようにまとわりついて、ふとした拍子に顔を出す。
 今からでも告白して懺悔すれば、少しは楽になるのだろうか? 今更遅いだろうか? あの自販機の当たりのように、早いうちにその選択を決断すべきだったのだろうか?
 志穂は私を恨んでるだろうか? 志穂の目覚めを願いながらも、その日が来るのが怖い。
 ああ、明日も仕事だから早く休まなくては。




※2015年5月〜6月に執筆。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 793