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作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第10回   三匹目の子豚【テーマ:三匹の子豚】
 昨夜は眠れなかった。授業が始まっても菜緒の心は落ち着かない。
「内木、聞いてるのか?」
 国語教師に注意された。すみません、と菜緒は小声で応える。
「まあ、大上の件でみんなもショックを受けてるだろうが……」
 先週このクラスの生徒 大上彩がP駅の階段で転落死した。現場に居合わせた通行人が「足を踏み外すのを見た」と証言し、事故として処理された。だが、菜緒は知っている。彩は殺されたのだ。自分の依頼で。そして今度は……。
(本当にあの写真の人を殺さなきゃいけないの?)
 昨日のメールが菜緒の頭から離れない。


 気の弱い菜緒は彩とその取巻たちのいじめの標的だった。無理矢理裸にされ写真を撮られたりもした。
「ネットに載せちゃおうかなあ? 私さ、ロンバンの香水買いたいんだよね」
 脅され、菜緒は何度も彩に金銭を渡した。誰にも相談できないまま辛い日々が続いた。
(いっそ死んじゃったほうが楽かも……)
 そんな思いに駆られ、ある日菜緒はスマホで自殺の方法を調べた。いろいろ閲覧するうちに奇妙なバナーをみつけた。豚鼻に「希望はまだココに」との文字。クリックすると画面が変わり、煉瓦の家と子豚のイラストのページが現れた。

「誰もが聞いたり読んだりしたことがある『三匹の子豚』。三匹目の子豚は他の二匹とどこが違ったのでしょうか? コツコツ煉瓦を積み上げて頑丈な家を造ったことですね。勤勉で真面目な人間は報われるという教訓です。
 ですが、世の中本当にそうでしょうか? 真面目に頑張ってるのに辛く苦しいことばかり、あなたもそうではありませんか? 一体何があなたの幸せを邪魔しているのでしょう?
 答えは『狼』です。あなたは一生懸命真面目に生きている『三匹目の子豚』なのに、『狼』があなたを苦しめているのです。『狼』は退治しなければなりません。お話の中の三匹目の子豚も、最後は煙突から忍び込んだ狼を釜茹でにして食べています(原作はそうです)。『狼』がいなくなってこそ、『三匹目の子豚』は幸せになれるのです……」

 菜緒は引き込まれた。自分にとって一番の狼は彩だ。他の子は彩抜きでは何もしてこない。彩さえいなくなれば……。

「しかし、あなたが直接『狼』を退治するのは困難でしょう。そのために『三匹目の子豚』たちのネットワークがあるのです……」

 一番下に「狼退治を希望しますか?」とある。菜緒は「はい」をクリックした。『狼』の情報を入力する欄が表示される。菜緒は「大上彩」と打ち込んだ。
 五日後、「狼を退治しました」とのメールがスマホに届いた。差出人のアドレスは「thirdpig@×××」。その翌日、菜緒は学校で彩の死を知った。
(本当に誰かが彩を? でも、足を踏み外したって証言が……)
 釈然としなかったが、もう彩に怯えずに済むのはありがたかった。少なくとも自分が直接手を下したわけではない。メールはいたずらで実際はただの事故かもしれない。菜緒は自分は無関係だと思いたかった。
 ところが昨日の夕方、再びあのアドレスからメールが来たのだ。

「明後日十七時前にQ駅一番ホームへ行き、写真の『狼』を電車が来る直前に線路に突き落としてください。これは『三匹目の子豚』の義務です。相互扶助が鉄則です。誰にも話さず決行すること。現場でサポートするメンバーもいますし、あなたとは直接関わりの無い『狼』ですから、あなたが捕まることはありません。この指示を無視した場合、あなたも『狼』とみなします」

 見知らぬ若い女性の写真が貼付されている。菜緒は怖くなった。
(彩の時もこうやって……? 『三匹目の子豚』の誰かが階段で彩を突き飛ばして、他のメンバーが事故だと証言した……?)
 菜緒は初めて『三匹目の子豚』のシステムを理解した。
(私、人殺しなんてできない……)
 だが、すでに自分は彩を殺したも同然だとも思う。殺してもらったのだから今度は自分が誰かのために殺すということだ。
(従わなかったら私が殺されるの? だけど、この手で人を殺すなんて……)
 菜緒は葛藤していた。


 放課後、菜緒は覚悟を決めて近くの交番を訪ねた。やはり殺人は罪だし、やりたくない。全てを警察に話すのだ。彩の「退治」を依頼した件で自分も罰を受けるかもしれないが、殺人犯になるよりも殺されるよりもずっといい。
「どうしました?」
 交番には若い警官一人しかいなかった。
「あ、あの……このメール見てください!」
 菜緒は思い切って自分のスマホを警官に渡した。証拠の後に説明したほうが伝えやすい。メールを読んだ警官の顔色が変わる。
「君、これ……」
「こういう組織が本当にあるんです。私、ここに頼んで彩を……」
「ダメだよ、人に話しちゃ。君も『狼』を退治してもらったんだろ? 『三匹目の子豚』の義務を放棄する気かい?」
 警官の冷たい微笑に菜緒は凍りついた。




※2015年5月に執筆。


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