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作品名:時空のはざまより2 作者:光石七

第4回   九分九厘あり得ぬ話【テーマ:戦国武将】
 あの男がこのような暴挙に出ようとは。秀吉の援軍に向かわせたはずが主君を奇襲。信長は歯噛みしつつ、なだれ込んでくる兵に矢を放つ。
(光秀……!)
 弓が折れ、信長は薙刀に持ち替えた。近づく兵を切りつけ、突き刺す。鉄砲の弾が信長の肩をかすめた。敵勢は更に押し寄せてくる。信長は応戦を諦め部屋に下がった。寺に火を放つよう蘭丸に言いつけ、奥の小部屋に向かう。
(ここで果てようぞ)
 戸を閉めようとした瞬間、一匹の白猫が入り込んできた。
「どこから来た? 早う逃げよ、火が回って来るぞ」
 信長は猫を追い出そうとした。ところが猫は信長の背に飛び乗り首筋を噛んだ。信長の体が縮み、全身毛むくじゃらになっていく。
(なんじゃ、これは)
 信長は小さなトラ猫になった。白猫は信長の首皮を咥えて駆け出し、炎に包まれていく寺から脱出した。
「ほう、大した親猫よ」
 猫の姿に気付く者はあっても、気に留める者はいなかった。

「……というわけで、信長の死体はみつからなかったんだよ」
 話を一旦区切り、空井はコロッケパンを頬張った。
「ヤブの脱線話から、よくそこまで妄想できるね」
 口の中のいなり寿司を飲み込み、常木は穏やかに笑った。ヤブとは日本史の教師のあだ名だ。
「信長が猫になるって、意味わかんねえ」
 並野は母の手弁当をつまみながら言う。
「同感。なんで猫が信長を逃がすんだよ?」
 既に食べ終えた持田は缶コーヒー片手に反論に加わる。
「コマ子――あ、これ白猫の名前ね。コマ子は昔、川に落ちて流されていたところを信長少年に助けられたんだよ。長く生きるうちに神通力を身に付けたコマ子は、信長の危機を察知して本能寺に駆けつけた。恩返しするために」
 空井の説明に、並野と持田はツッコミを入れる。
「コマ子ってどこから出てきた名前だよ?」
「神通力って……その思考回路が逆にスゲーわ」
「まあまあ。で、猫になった信長のその後は? 生き延びたなら、天下統一を再び目指しそうだけど」
 常木が二人をなだめ、空井に続きを促した。
「信長は猫のままさ。コマ子は自分の命を削って信長を猫に変えたんだけど、人間に戻す術も余力も持ってなかった」
「……その設定、苦しくね?」
 並野の呟きを無視して空井は続ける。
「信長は怒った。中途半端な助け方をするな、と。あと一息で天下を手中に収められたのに光秀に裏切られ、自害しようとしたら猫如きに邪魔された。武将として恥だ、と。そんな信長にコマ子は息も絶え絶えに言った。ならば猫の世界で天下をお取りください、と。そしてコマ子は息を引き取った。――やがて信長は旅に出た、猫界の天下統一の旅に。オス猫と出会えば戦い、屈服させていく。元々有能な武将だし、信長の勢力はどんどん広がった。――旅を始めて七年目、信長は一匹のブチ猫と対峙する。かつて自分に反旗を翻した明智光秀と」
「光秀も猫に?」
 常木が驚きの声を上げた。
「光秀は秀吉に負けて逃げる途中、農民に竹槍で刺されて自害したって言われてるけど、首や遺体が本当に光秀だったのか疑問が残ってるだろ? 生存説もあるし。光秀も縁あった猫に助けられてておかしくない。そして猫の姿で衝突した信長と光秀は、死闘の末に相討ちしたのさ」
 自分の考えを一通り話し終えたのか、空井は満足げだ。
「新説だね。根拠がみつかったら学会で発表したら?」
 常木は柔和な顔で言う。
「何が学会だよ。話が滅茶苦茶すぎる」
 持田は呆れている。
「これが事実だったら、俺、空井に百万やるわ」
「並野、本当? 持田も常木も聞いたよな?」
「聞いたけど、並野が百万払う日は永遠に来ねえよ」
「ひどっ! 持田、頭から否定?」
 傷付いたように振る舞う空井だが、本人も自分の話を本気で信じてはいない。そのことは他の三人も承知している。仲間内の一つのネタだ。
「寄るな、馬鹿がうつる」
「この線からこっちに来るなよ、空井」
「小学生かよ!?」
 友人たちのじゃれ合いに常木は微笑んだ。

「ミッチー、ただいま」
 帰宅した常木は、テレビの前のブチ猫に声を掛けた。猫は常木を睨む。
『その呼び方はやめろ』
 常木には鳴き声が意味のある言葉として届く。
「光秀だからミッチーでいいじゃん。……空井の奴、結構いい線ついてたな。本当に猫になって今も生きてるとは思わないだろうけど」
『学校で儂の話が?』
「空井の妄想さ。信長は猫になって本能寺から逃げた、後日猫の光秀と相討ちしたって」
『本能寺の後お館様がどうなったかは知らん。……お前、アレを喋ってないな?』
「まあ、自分の秘密もあるからね」
 実は常木は人間ではない。狐だ。祖父の代から人間として生活している。光秀は三百年前に常木の先祖と出会って以来一族と同居している。
「言わないよ。お宝春画を横取りされた恨みから信長を討ったなんて」
『言うな!』
 光秀は毛を逆立てた。




※2015年2月に執筆。


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